ノーボーダー・ニューズ/記事サムネイル

シュピーゲルは100人体制で報道事実の正誤検証

 先にこの欄では朝日新聞社社長の誤報訂正(謝罪)会見に関連しシュピーゲルのデリー前共同編集長との対談を紹介した。

 

 この対談記事で、独週刊誌シュピーゲルが政府の介入を断固として批判した「シュピーゲル事件(Spiegel Affaire)」が、戦後ドイツが報道の自由と民主主義確立の契機になったことを紹介した。

 この時、デリー氏は“メディアが闘う姿勢の重要性”と共に“自社報道の検証で誤報訂正時には正しい報道の再確認を明快に”との見解を紹介した。

 

 そこでシュピーゲルが如何にしてこの方針に基づいた体制を取っているかを述べておきたい。

 

 シュピーゲル社は外部から謝りを指摘された場合、如何なる誤りで、どこに、何故起きたかなど「迅速な事実確認」を世界最大の100人体制で行っていると言っている。

 

 それによるとシュピーゲル内には資料室を備えた事実確認部があり、この内正規雇用のジャーナリストだけで80人が報道の事実確認と調査検証をしている。

 他にフリーランスの30人がおり、合わせて100人余りの体制を取っている。

 

 これにはジャーナリズム研究で世界的に知られるコロンビア大学の研究者も驚き、“世界最大の事実確認体制”だと以下のようにシュピーゲルの体制について述べている。

 

 100人余りの内、70~80人は事実の検証確認をし、更にデータベースや索引を検索して確認に当たる。データベースは主に過去の報道記事と印刷資料だが、更にはデモや集会などで配られるチラシの類もあるという。最近はビデオやDVDなどの収集も始めている。

 記事や印刷物の収集と写真・映像の収集は別々に行われている。

 

 データベースの目的は2つ:1つは記事掲載の前の調査で、取材部門からの電話やメイル連絡を受け、時には記者たち自身が訪ねて来る。

 そこで掲載される記事のために必要な事実・資料が何か検討され調査される。例えば最初の3日間は事実調査、次の2日間は、その事実が正しいか検証確認した上で掲載されるという。少しクドイようだが、その作業は欠かせない、という。

 

 また、事実確認作業は記者と共に行う報道前の共同調査と、その調査に異論や反対意見を提示する者と分かれている。

 

 その報道が広い視野で見て正しいか、指摘は核心を得ているかなどの確認に必要である。

 と共に報道後、外部から起きると想定される批判、疑問、異論などに対応するもので、これが欠かせない、という。

 

(この事実確認部があればこそ、読者とメディアとの間の特別の信頼関係が確立される。それがシュピーゲルの印象を特別なものにしている、ともいえる)

 

 シュピーゲルは1948年イギリス軍占領下のハンブルクで創設され、事実確認部は創設者と編集長らの強い方針によって創られ50年代に充実して行く。現在は科学技術、政治、経済、外交、文化、スポーツなど専門分野毎に担当者がいる。

 

 コロンビア大学研究者によると、政治分野の担当者が一番多く、例えば“この件でメルケル首相は過去にどこかで発言し、他社がどう報じていたか?”などを調べ、科学技術分野は必ず科学者の論文など原典に当たり、医学分野の担当者には医師経験者もいる。

 一番小さいスポーツ分野は担当者1人。担当者はいわば社内専門家のようなものだという。

 

 “誤報防止の重要性”、そのために“担当記者自身だけでなく他のスタッフによる二重の確認・検証の重要性”が編集の基本方針となる。

 

 現在、ドイツの主要メディアは大なり小なり、シュピーゲルのような事実確認の体制を整えているという。

 アメリカの高級週刊紙ニューヨーカー(New Yorker)は16人、またニューヨーク・タイムズ・マガジン(New York Times Magazine)はそれより少ない。 殆どが正規雇用ではないフリーランスのジャーナリストだという。ニューヨークタイムズも30人程度と聞いている。

 

 読者は御存じと思うが、米外交官たちの外交機密文書・電文などの大量データを公開したウィキリークスのジュリアン・アサンジュ氏や、米NSA・国家安全保障局の電話盗聴データを公開したエドワード・スノーデン氏らが、世界のメディアの中でもシュピーゲル誌や英ガーディアン紙を信頼し、データを提供したことを想い出して貰いたい。

 

 シュピーゲルやガーディアンの報道はアメリカやイギリスの政府などの秘密活動を暴露したため両国政府から強い批判を招いたが、結果として国家・国民が危険に晒されたことは全くなく、彼らの活動に正当性があることが周知のこととなっている。

 

 シュピーゲルのように担当記者だけでなく“第三者の共同調査”と、“別の第三者による徹底した事実確認”、“批判や異論を想定した再確認”などを経ているからこそ、より普遍的で広い視野に立った報道を可能にしている。

 また、万一誤った記事を掲載しても迅速、かつ明快・的確に訂正報道をすることを可能にした。

 それがシュピーゲルの信頼度を高めている。

 

 朝日新聞は今回の事件を教訓とし、しっかりとした事実確認と検証の体制を整え、正しい報道は正しいと臆することなく主張し、逆に誤報は迅速・明快に訂正することだ。

 

 また忘れてならないことは、“謝罪”は検察・警察の人権侵害捜査や誤った裁判の被害者、冤罪報道の被害者に直接すべきである。

 

 それが、朝日新聞が読者の信頼を取り戻すだけでなく、日本のメディア界にとって、そして我々日本人と日本社会の民主化促進に欠かせないことを自覚したい。

 

(大貫康雄)

写真提供:ドイツ文化センター