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ガザの人々の悲運

 この夏、ロンドン、パリ、ベルリンをはじめ、西ヨーロッパ各国でイスラエル軍のガザの人々への攻撃に対する、これまでにない大規模な抗議デモが展開された。大部分は相当抑制された抗議ではあったが、フランス各地では警察との衝突も起きた。

 イスラエル軍の攻撃は圧倒的な規模で容赦無く、国連施設や病院・学校、一般の住宅も含む無差別的なものだった。これにヨーロッパ各国ではイスラエル政府・軍の国際法違反、戦争犯罪の疑いもある、などの批判の声がおきた。

 

 イスラエルは“イスラエル国民の安全”を主張するが、圧倒的に犠牲になる“パレスチナ(ガザ)市民の安全”はどうなるのだ?! との反論も出てきた。

 今回のガザ攻撃に対しては、ホロコーストの過去を持ちユダヤ人批判に慎重なドイツでもイスラエル政府に対する批判が強まり、イスラエルの後ろ盾、アメリカ政府も不快感を示した。

 

 国連の集計では、今回の紛争でガザの市民2000人が死亡、そのうち4分の1近くの450人は子どもたち。破壊された住宅は1万7000軒に上るという。それに比べイスラエル側の死者は兵士が大半で70人ほど。単純比較する限り、イスラエルの一般市民の犠牲者の数は数えるほどだ。

 

 ガザ地区では食糧から飲料水、医薬品、日用品に至るまであらゆる物資が不足し、国連が緊急支援を急いでいる。学校が再開されるのは何時になるかわからない。

 トルコ国営TRTは、親や家族を失った子供たちが悪夢にうなされ、夜尿症、不眠症、焦点が定まらないなどのPTSD症候群、心的後遺症に悩まされている、という。

「ガザ」の社会は機能マヒに近い。

 

 ガザ地区住民180万人の大半120万人は48年のイスラエル建国以来、数次のパレスチナ戦争(紛争)で故郷を追われ難民となった人たちとその子孫たち。悲運に苛まれた人たちとしか言いようがない。

 

 ハマスのロケット攻撃は、確かに数が多く、飛距離もイスラエル北部まで届くようになった。落ちれば勿論建物を壊し、人々を殺傷する。

 被害にあう人の恐怖はイスラエル国民であれガザの市民であれ同じであり理解できる。

 

 しかし、戦闘機と戦車を動員するイスラエル軍の破壊力は圧倒的、一瞬で高層建築を破壊し、いとも簡単に大勢の一般市民を無差別で殺傷する。まるで大人と小さな子供の戦いのようだ。

 

 それでもハマスの絶望的、自暴自棄ともいえるロケット攻撃は散発的ながら続いている。ハマスの攻撃のたびにイスラエル軍の大量報復が繰り返され同胞の人たちに多大な犠牲を強いることが判っていながら……。

 何故戦闘を止めようとしなのか?

 

 戦闘を収束するためには、イスラエル・パレスチナ双方の国家共存を実現するしかない、というのがイスラエル・パレスチナ双方と国際社会大多数の考えだ。

 

 和平への合意は過去にも何回か確認されたが、常に右派、強硬派の妨害で実現しなかった。その間イスラエルでは一層右傾化が進み、ガザ地区ではイスラエルの存在を認めないハマスが台頭、実権を握ってきた。

 この過程でガザをはじめ、パレスチナ全地域でイスラエル軍による経済活動をはじめ生活全般の統制、自由の制限が強化され、人々の基本的権利も生活水準は向上するどころか悪化してきた。

 

 イスラエルのパレスチナ人の基本的権利軽視政策の酷さに、ヨーロッパ各国市民は目を逸らせていることは出来なかったと言える。

 

(イスラエル政府やユダヤ人団体の中には、イスラエル政府のパレスチナ人抑圧批判、人権抑圧批判をユダヤ人批判(anti-Semitism)と同一視したり、すり替えたりして批判的報道や言論を抑えてきた。

 ヨーロッパ各国はイスラエルの型通りの反論を意識し、反ユダヤの言動には極めて慎重だ。イスラエル批判の抗議デモがシナゴーグの近くを通ることを認めず、ユダヤ人・ユダヤ施設への攻撃には容赦しない。そうした中での強い抗議デモが展開された)

 

 今回、在外ユダヤ人の間にもイスラエル政府批判が強まっているのはこうした経緯がある。

 NYタイムズのコラムニストで元NYタイムズのベルリン支局長・シオニストを自認するロジャー・コーエン(Roger Cohen)氏は、双方の言い分を並置する表面的な報道を批判し、歴史的経緯を繰り返し人々に想い起させることの必要性をいう。

 

 氏は指摘する。“イスラエルは建国以来、戦闘に勝利する度に領土を拡大、67年境界線も無視するように一方的に入植地を拡大してきた。他方分離壁を作りパレスチナ人の基本的な権利、自由な行動を制限してきたことがパレスチナ人の不満の根底にある。シオニズムは変質してしまった、などと”。

 

 コーエン氏が指摘するように、48年のイスラエル建国以来、パレスチナは解放を叫ぶアラブ主要国とイスラエルの間の戦争が繰り返された。その度にイスラエルは勝利し、“占領地”を広げ、右派が大半を占める入植地を拡大してきた。

 その度パレスチナ人は住む家を追われ、農地、放牧地を奪われ、そして自由を奪われてきた。

 

 21世紀初頭の“第三次インティファダ(抵抗、抗議、などの意)”と自爆攻撃でイスラエル側にも大勢の死者が出たのを機に、パレスチナの“領土”に入り込むように分離壁が作られた。

 自分の住む地域から一歩外に出るにもイスラエル軍の厳しい検問所を通らねばならない。まさに巨大な監獄に入れられたような生活だ。

 

 ハマスの自暴自棄ともいえる対イスラエル攻撃には、こうしたイスラエルの国際法違反の厳しい占領状態、現地の人たちの基本的権利無視の状態がある。

 メディアは、パレスチナ人の置かれた絶望的な状態にもっと理解を示して報道すべきだろう。

 こんな占領が何時までも続くのは許されないのだ。

 

 しかし、ネタニヤフ(Benjamin Netanyahu)首相やプロゾール(Ron Prosor)国連大使をはじめ、イスラエル政府要人の発言には自国の安全保障を主張するだけで、パレスチナ人の大勢の犠牲者に対する哀悼の念はほとんど見られず、同情さえも窺えない。

 

 戦闘を無期限停止させ和平を実現するためには、(現状では殆ど不可能に近いが)やはりアメリカが真剣になり、主要国も同調し、イスラエルに圧力をかけること。そしてこれまでほとんど顧みられなかったパレスチナ人の基本的権利を尊重し、パレスチナの大多数が納得する形で共存できる体制を確立するしかない。

 

(大貫康雄)

PHOTO by OneArmedMan (I took this picture) [Public domain], via Wikimedia Commons