第一次大戦百年、歴史的対立を克服したヨーロッパ
先にこの欄でも述べたが、今年は第一次大戦勃発から100年。今月3日と4日、西ヨーロッパ諸国は各国首脳・要人が揃って祈念式典を行い、改めて過去の悲惨な記憶を共有し、平和な共同社会建設への強い意志を示した。
(日本では安倍首相が長崎被曝の日に昨年と殆ど同じ挨拶をしたと報道されているが)
西欧各国要人の発言は決して型通りでは無く、各々が歴史を顧みて現在、そして未来を意識したものだった。
一連の100年祈念行事に“誰の責任か”などと問う意識は全く見えなかった。
侵略した側の謝罪と反省、そして敵対した側の受け入れと和解、その上での和解と協力の実績が、幾度となく様々な機会に積み上げられ信頼関係が確立されていたからであろう。
未だに第二次大戦の歴史認識を共有できない我々アジア人の現状との違いが鮮明なので、マスコミ報道にかなり遅れるが、改めて要点を御紹介したい。
先ず8月3日は、100年前ドイツが対仏宣戦布告した日。フランスのオランド大統領は、ドイツのガウク大統領を独仏の歴史的係争の地だったアルザス地方のハルトマンスヴィラーコプ(Hartmannswillerkopf)に招く。第一次大戦中両軍兵士3万人が命を落とした激戦地で、両大統領は手を握り合って第一次大戦の祈念碑の前に立った。
オランド大統領は言う:平和(の維持)は我々の責任。この大戦の証人はいなくなり、大戦の悲惨さ、野蛮さを絶えず想い起すことが大切。(武器を使用せずに)平和を維持する責任は、どの世代にもある。平和が如何に壊れやすいか、幾世代にも亘って伝えていく責任がある。ウクライナであれ中東であれ、ヨーロッパの指導者は歴史の教訓を外交に活かすべき……。
ガウク大統領は応じる:(争いが絶えなかった)両国民にとって平和は今や夢では無く現実。困難な問題を解決克服した歴史的可能性を自覚し、ウクライナや中東で今日起きている紛争の解決に両国民は協力して対処すべき。協力してこそ課題を解決できる……。
翌日4日は、ドイツ軍が中立国ベルギーのリエージュ郊外に侵攻した日。
第1次大戦祈念等の前にベルギーのフィリップ(Philippe)国王、デルポ(De Rupo)首相、ドイツ・ガウク、フランス・オランド、それにイギリスのウイリアム(Prince William)王子夫妻ら西側各国首脳・要人が揃った。
ガウク大統領の挨拶:第一次大戦、第二次大戦の2度に亘り中立の貴国に侵攻、貴国民に筆舌に尽くせぬ悲惨な体験と恐怖を与えたにも拘わらず私たちドイツ国民に和解の手を差し伸べて頂いた。そして今日、お招きいただき挨拶する機会を頂いたことに深い感謝を捧げる。
一方この式典で各国首脳は100年前の第1次大戦ではなく、現在のウクライナと中東で起きている紛争と人道上の危機に目を向け危機の克服にヨーロッパはもっと関与を強くすべき、等と言った挨拶が続いた。
各首脳の挨拶を聴く限り、歴史的対立の克服と和解・協調は既に当然のこととなり、ヨーロッパ全体として人道上の危機の解決により責任を負うべき、との自負が感じられる。
また各国首脳は4日午後、更に第1次大戦中、英独両軍が最初に激突した地モンス(Mons)、ドイツ軍が虐殺や歴史的な図書館焼き討ちをしたルーヴェン(Leuven)を訪れ、100年の祈念式典を行うなど、4日はまる1日各国要人の日程が続いた。
まさに体力、気力、知力を要する日程だったが、各国要人にどこかを無視するという雰囲気は無かったようだ。
(大貫康雄)
PHOTO by Evadb (Own work) [Public domain], via Wikimedia Commons