中国離れの北朝鮮、自主外交路線に
「いまは我々(中国)も北朝鮮とは良好な関係ではない」。
これは中国の習近平国家主席がソウル訪問中の7月4日、朴槿恵韓国大統領との特別昼食会で語った言葉だ。中国の最高指導者が北朝鮮よりも先に韓国を訪問するのは初めてだけに、中朝関係は最悪と言えるだろう。
それを端的に表す秘話がある。北朝鮮の金正恩第一書記の側近中の側近で、朝鮮労働党と朝鮮人民軍の最高幹部を兼ねる高官が6月10日前後、「金正恩第一書記の特使」として中国を秘密訪問した。彼は中国共産党や中国軍の高官と会談し、習氏の韓国訪問を激しく批判し、中国が中止を求める核実験の再開やロケット発射実験の実施などを明言していたというのだ。
この高官は馬元春氏で、党中央委員会副部長と党計画財政部副部長、国防委員会設計局長を兼務。彼は金氏が力を入れている平壌の水族館併設のプール施設や馬息嶺スキー場の建設などで陣頭指揮をとったとされ、他の軍や党の最高幹部とともに、金氏の視察にたびたび同行している。だが、馬氏は2年前までまったく無名で、2012年5月、金氏の万景台遊園地の視察に同行し、党中央委副部長の肩書きで初めて紹介された。
北京の外交筋が明らかにしたところによると、馬氏は金氏に抜擢された50人あまりの若手幹部の筆頭的存在で、党や軍の財政面を担う”金庫番”とされ、金氏の最側近である。
それほどの最高幹部にもかかわらず、馬氏の訪中について、中朝両国のメディアは一切報じていない。かろうじて、北京の電子科学職業学院(大学)が、そのホームページで「北朝鮮の馬元春国防委設計局長を中心とする北朝鮮代表団21人が6月10日午後、駐中北朝鮮大使館のイ・ガンボン参事官の案内で電子科学職業学院の図書館を訪問した」と紹介しており、非公式の秘密訪中だったことが分かる
馬氏は、北朝鮮問題を担当する中国共産党中央対外連絡部の王家瑞部長や中国軍高官と会談し、「習近平国家主席がわが国より先に韓国を訪問するのは、わが国との友誼や伝統を損なうもので、金正恩第一書記を侮辱する行為だ」などと強い不満を表明し中国を非難したという。
同筋は「中朝両国が金第一書記の最側近の馬氏の訪中を発表できないほど、馬氏の訪中はまったく成果がなかったことを示している。それだけ両国関係の悪化は深刻だ」と指摘する。
それを象徴するように、中国が習氏の訪韓を発表した27日、北朝鮮では金氏が新型戦術誘導弾の試験発射を視察したと報じられた。ミサイル発射は29、30日と習氏の韓国入り前日の7月2日も続けられ、その後も断続的に実施されている。
一方の中国では6月27日、国境・沿岸防衛に関する会議が開かれ、習氏が「国家の主権と安全を第一にすえて、国境管制や海洋権益の保護を綿密に進め、鉄壁の防衛を築かなければならない」と訴えた。28日付の軍機関紙「解放軍報」はこれを1面で報じるとともに、この関連の瀋陽発の記事を2面で伝え、瀋陽軍区が国境や沿岸の防衛で優れた実績を上げていることをルポ風に紹介した。瀋陽軍区は北朝鮮と国境を接しているだけに、会議の目的は北朝鮮に暗に警告を発することともとれる。
このような険悪な両国関係は北朝鮮の経済や貿易面にも現れている。中国の通関統計によると、中国による北朝鮮向け原油輸出は今年1月から5月まで5カ月連続でゼロ。北朝鮮国内では深刻な電力不足に悩まされており、北朝鮮空軍も原油不足で飛行演習ができない状態だ。北朝鮮軍部は中国を「千年の敵」と非難しているほか、軍の司令官の養成学校では「中国の犬を殴り倒そう」と激烈な看板がかかり、射撃訓練場では標的にパンダの絵が描かれていると韓国メディアは伝えている。
北朝鮮はこれまで中国の経済支援に頼ってきただけに、中国の”兵糧攻め”で、経済は疲弊し、外貨不足はかなり深刻だ。
このようななか、金正恩第一書記が打ち出したのが対日接近策だ。具体的には拉致問題の再調査による日本独自の対北制裁措置の一部解除で、日本から経済的実利を引き出そうという狙いが見え隠れする。
同筋によると、北朝鮮側はこれまで何度か日本が要求する拉致問題の再調査に応じようとしてきたが、そのつど中国側が難色を示したため、対日交渉再開に踏み切れなかったという。ところが、習近平指導部発足後の中朝関係悪化で、北朝鮮は中国という足かせが外れ、自主外交を展開。北朝鮮が習氏の訪韓中の7月3日に拉致被害者らを調べる特別調査委の陣容を発表したのも中韓両国を牽制する思惑が透けてみせる。金氏としては日本だけでなく、対米交渉も加速させたい意向だろう。
ただ、オバマ政権は北朝鮮の核開発に強い懸念を表明し、2国間交渉には応じない方針だ。このため、北朝鮮としては対日関係を良好にし、米国との橋渡しを期待したいところで、対日交渉でどのような誠意を見せるかが今後のカギとなりそうだ。
(相馬 勝)
写真:Wikimedia Commonsより