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「0.6μSv/h超のどこが安全なんだ!」~住民無視の帰還政策に怒り収まらぬ田村市都路地区の父親

 3人のわが子を被曝の危険から守るため、ふるさとに帰らないと決めた。

 国が「もはや避難の必要なし」と宣言した福島県田村市都路地区。

 しかし、依然として高濃度汚染が解消されない自宅周辺の状況に、父親(54)は「これのどこが安全なんだ」と怒る。打ち切られた賠償に苦しい三重家計。放射性物質の拡散に平穏な生活を乱された家族。

 父親は言う。「政治家よ、都路に住んでみろ」

 

【「政治家は都路に住んでみろ」】

 福島第一原発から西に約24kmの閑静な山村。モニタリングポストの数値は依然として0.3-0.4μSv/hを示すが、年老いた両親だけが暮らす自宅の汚染は、さらに深刻だった。

 「自宅の裏側が山でしてね、除染をしてもまだ高いんですよ」。

 男性に導かれて裏手に回ると、手元の線量計は0.6μSv/hを超えた。先ごろ、市職員が測定した際には、さらに高い数値だったという。除染は昨年11月に完了したのに、だ。「0.6μSv/hを超えると、放射線管理区域として立ち入りが禁じられますよね。そういう汚染区域に『もう安全だから帰れ』と国も行政も言う。法律って何なのでしょうか」。怒りで男性の唇が震える。

 さらに気がかりなのは、斜面の麓にある井戸。水は、飲み水などとして両親が利用している。海や川と同様、水そのものからは放射性物質が検出されないが、底の土壌が高濃度に汚染していることは想像に難くない。「泥をすくって汚染を測って欲しいと市役所にお願いしたんです。でも、出来ないと言われた。そういう測定のための予算措置はしていないということでした」。

 挙げ句、市幹部が「除染してやったのに、なぜ都路に戻らないんだ」という趣旨の発言をしたという話を耳にし、国や行政への不信感は募る一方。地区内の小学校が再開される際、市教委の職員は「表土除去などを行ったのでもう大丈夫」と胸を張った。しかし男性らが昨秋、独自に学校周辺の放射線量を測定すると依然として0.6μSv/h前後もあった。当初、耳を貸さなかった市教委も、男性らの強い申し入れにようやく、除染を行ったという。

 「この状況はヤバいですよ。どこが安全なのか説明して欲しいですね。戻った人もどんな想いでここに住んでいるか…。政治家には『ここに住んでみろ』と言いたいですよ。市職員も、宅地の放射線量が低い個所ばかり測定しようとする。高濃度汚染を見つけるのが彼らの本来の仕事だと思いますがね」

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自宅の裏山は除染済みだが、手元の線量計は0.6-0.7 μSv/h。男性は「これのどこが安全ですか?」と怒りを あらわにした=田村市都路町岩井沢

 

【帰らないのは3人のわが子を守るため】

 都路地区は、福島第一原発1号機の建屋が水素爆発を起こした2011年3月12日、全域に避難指示が出された。同年4月には「警戒区域」(福島第一原発から20km圏内)や「緊急時避難準備区域」(同20km超-30km以内)に設定。男性も郡山市内に避難した。しかし、原発事故からわずか半年後の2011年9月30日、まず「緊急時避難準備区域」が解除された。翌2012年4月1日には、放射線の年間積算線量が20mSvであることが確認されたとして「警戒区域」も解除され、「避難指示解除準備区域」に再編。今年4月1日、「避難指示解除準備区域」も解除された。「避難の必要ない安全な土地」と国が宣言したのだ。

 「えっ?」。

 解除を高らかに宣言する記者会見をテレビで見て、男性は呆然としたという。「こんな状況で解除して良いのか」。東電にも問い合わせたが、回答は木で鼻を括ったものだった。「行政がOKをしましたから…」。

 住民の健康を本当に心配する関係者などいない。男性には18歳、19歳の姉妹と中学2年生になる息子の3人の子どもがいる。俺がこの子らを被曝の危険から守らなければ━。男性の選択肢から帰還が消えた。両親を自宅に残し、民間借り上げ住宅を2軒借りての三重家計が始まった。損害賠償は早々に打ち切られ、家賃以外はすべて自己負担。職場が変わり、給料は以前の半分以下に減った。貯金を取り崩して何とかしのいでいる。

 「自宅周辺の放射線量が0.23μSv/hぐらいにまで下がったら(帰還を)考えても良いけれど…」。持病の糖尿病が悪化し体力的にも苦しいが「せめて息子が高校を卒業するまではね、頑張りますよ」。〝親父の目〟は力強さを失っていない。

 

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年老いた両親だけが暮らす男性の自宅は薪風呂。 自宅周辺の木を活用しているが、灰を測定したら0.6 μSv/hを超えていたという。「薪風呂を続けると放射 性物質を撒き散らすことになるのか」と男性は複雑な 想いだ

 

【薪の焼却灰も0.6μSv/h超】

 心苦しさもある。

 自宅に暮らす両親は自宅周辺で伐採した木を燃やして薪風呂に入っているが、残った灰を測定したところ0.6μSv/hを上回った。「このまま燃やし続けて良いのか」と市職員に質すと、職員は言葉に詰まったという。「煙突から汚染を撒き散らしているようで…。でも、灯油に替えると燃料費が高くなる。しかし、それを国も東電も面倒は見てくれない。今の家計では薪を燃やさざるを得ないのです」。

 原発事故が壊した平穏な生活。矛盾だらけの〝安全〟と〝賠償〟。

 「井戸水を飲み続けて平気なのかい?大丈夫なのかい?」。取材の様子を見守っていた祖母(78)が、顔をくしゃくしゃにして言った。2年間の避難生活で血圧は180を超した。「郡山は街すぎて合わない…」。

 「息子とも孫とも離れ離れで…。切ないというか何というか。この胸の想いを抜き取って、みんなに見せてあげたいよ。誰かにもらって欲しいよ」

 おばあは、手のひらを左胸に当てて下を向いた。

 

(鈴木博喜)<t>