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マレーシア航空機撃墜事件とイスラエル軍ガザ侵攻の報道

 イスラエル軍のガザ侵攻は、親ロシア派武装勢力支配のウクライナ東部上空で起きたマレーシア航空機撃墜事件の陰に隠れる形になっており、この二つの事件をどう報道するかで各国報道陣の力量が問われる場になっている。

 

 マレーシア航空機撃墜事件で、東欧諸国の報道はこの原稿を書いている時点で見る限り、ドイツZDFなどがいち早く、親ロシア武装勢力のツイッター交信の内容や、“ブーク“などロシア製ミサイルで撃墜された可能性などを報じ、やはりドイツ、フランスなどヨーロッパの放送メディアが迅速かつ詳細だ。またイスラエル軍ガザ侵攻に伴う双方の犠牲者報道も取材と検証が具体的だ。

 

 それに比べ日本の放送メディアの報道は分析が浅い。

 またアメリカの放送メディアは現場リポートが不足、専門家の議論に依存する傾向がある。冷戦以降、国際報道軽視の傾向が続いて、現場に記者がいないことが致命的なようだ。

 

 18日の撃墜事件解説で、NHK・BSとBBC国際放送との違いは目を引いた。

 金曜夜10時のNHK・BSの国際報道番組では、モスクワ、ワシントン支局長を歴任した高尾潤記者が、プーチン大統領をはじめロシア政府の意図、狙いを経緯に沿って文字通り“解説”していた。

 

 一方、BBC国際放送では、スタジオに元ロシア駐在英国大使が座り、“プーチン大統領は撃墜事件で、ウクライナ政府に責任がある、とは一言も言っていない”。また、“その後、発言をしていない「プーチン大統領の沈黙」が何を意味するか注目すべきだ”、と言っていたのが印象に残る。

 プーチン大統領はその後も沈黙したままだ。

 ヨーロッパのテレビ局は、“沈黙は彼の戦術”だが、それが吉と出るか凶とでるかは不明、などと言う。

 沈黙の背後には、“圧倒的多数のロシア国民が、親ロシア武装勢力を英雄視する世論調査”があり、プーチン大統領は身動きできないでいる、との指摘も出た。

 であるとすればプーチン大統領は自分で煽っておいたナショナリズムのために行動が縛られているようなものだ。

 一流の外交官は積み重ねられた経験と勘を元に、言葉の意味する小さな違い、ニュアンスを分析して、問題や事件の成り行き、可能性、時には本質を探り指摘するのが得意だ。

 このイギリスの元駐ロ大使の言葉は耳に残る。

 

 これまでのところプーチン大統領は、「撃墜事件が起きた国ウクライナ政府に責任がある」とだけ言っている。“主権国家ウクライナの政府が武装勢力との停戦に応じていれば撃墜事件は起きなかった”、とか、“領空が危険な状態であることを国際民間航空機構に連絡しなかった”(連絡してれば事故は防げた筈だ)、と繰り返しているように思える。

 如何にも苦しい言い訳だ。

 

 ロシアのテレビも、専ら親ロシア武装勢力の言い分を報じている。ロシアのテレビでは、まるで黒が白になり、白が黒に報道されるのだから、背景を考慮しないで視聴していると事件全体を甚だしく誤解してしまう。

 

 これに対しウクライナ政府は、“誤って民間機を内落としてしまった”という武装勢力と、“それは犯罪だ”というロシア諜報機関との間の交信をいち早く公表、更にウクライナ政府が、撃墜事件後、ミサイル・システムを搭載した車両がロシア領に向けて急いでいる映像を公開している。

 

 アメリカのケリー国務長官は米メディアの共同会見で、親ロシア武装勢力がミサイルを発射した場所と、その軌跡も確認している、と言明している。

 

 プーチン大統領からの説得力ある反論が聞こえてこない。

 

 クリミヤ半島併合の際、ロシア製の重火器を携帯し、ロシア軍の制服や戦闘帽を身に付けた集団が跋扈した時、プーチン大統領は“ロシア軍の重火器や制服は国内の市場で幾らでも買える”と言ってロシア政府機関の関与を否定した。

 チェチェンやモスクワからロシア国籍を持つ武装集団が入っていると批判されると、無視していた。

 

 しかし今や親ロシア派武装勢力は高射砲や高度なミサイル・システムを保有している。幾ら武器が市場で入手可能でも、ミサイル購入までは不可能だろう。もし可能であるのであればロシアはリビアやイラクなど紛争が続く国と同じ治安状況なのだろう。

 

 ロシア武装勢力は、ミサイル・システムをウクライナ軍から奪ったと言われるが、それだけで実戦使用は不可能だ。幾ら高性能と言っても空中を高速で飛んでいる物体を撃墜するのは熟練者にも簡単ではない。ロシア軍などの協力なしに2万メートル以上を飛ぶ航空機をミサイルで撃墜するのは至難の業だ。

 

 現場にはOSCEの担当者やマレーシア軍、マレーシア航空などの関係者が到着したがドイツやフランスのテレビ報道を見る限り、親ロシア武装勢力が色々な形で現場検証はおろか、遺体の回収までも妨害している。独仏英のテレビ局は、その詳しいやり取りを録音録画して報じている。

 

 親ロシア派武装勢力を背後から支援してきた主権国家・ロシア政府が、遺族の意向を最優先し、遺体の無事回収と検死、事故原因の究明に協力しない限り、間接責任を問われても仕方ないだろう。

 

 この撃墜事件に隠れる形でイスラエル軍がガザ地区に侵攻し、激しい攻撃を続けている。空爆以来のパレスチナ人死者は400人に上る。一方イスラエル軍兵士にも10数人の死者が出、兵士一人がハマスに拉致されたとの報道も出た。

 国際社会が手をこまねいている間に事態は急速に悪化している。

 イスラエル・パレスチナ紛争で毎回繰り返されるのは双方の犠牲者の数が余りにも違いすぎる“非対称の戦争”だ。

 

 イスラエル側犠牲者は数えるほど。これに対し常に大勢の一般パレスチナ人が犠牲になる。イスラエルは常に、イスラエル国民を守るための正当防衛を主張するが、パレスチナ人の犠牲者が増えてもハマス側に責任があるなどと言い、余り気にかけていないようだ。

 国際社会も今や不感症になったかのようだ。

 イスラエルの後ろ盾となっているアメリカが、常にイスラエル側に立っていることが、何と言っても非対称の犠牲者を生みだしている原因なのだが。

 

 他方フランス国営F2をはじめヨーロッパのテレビは、19日夜のニュースで、大勢の子どもや女性に犠牲者が出ているのに抗議し、パリなどで大勢が抗議デモをし、警官隊と衝突したと伝えている。

 

 アメリカのテレビも流石にこれまでよりは厚めに一般のパレスチナ人家族が犠牲になる場面を伝えるようになった。

 それでもアメリカのテレビ局の国際報道は中身が乏しい、取り分けパレスチナの人々が犠牲になる悲劇に対しヨーロッパ・メディアに比べ反応が鈍い、という印象を受けるようになった。

 

 今のアメリカのテレビに共通しているのは、何か事件・事故が起きる度、長時間報道されるのは現地からのリポートではなく、スタジオで専門家が揃った討論番組が圧倒的、という点だ。

 冷戦終了後、ABCなども海外特派員の数がメッキリ減少した。ホワイトハウス、国務省、国防総省其々の担当記者が事件・事故が起きるたびに東奔西走し、通信社などの情報を元に取材して報じている。内容が浅薄になるのは否めない。イスラエルは別にして何といっても現地特派員が不在であるのが致命的だ。

 

(大貫康雄)

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