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続報!松江介護詐欺事件 被害金額52万円で懲役2年6月【第6弾】

「懲役2年6か月、執行猶予5年」

 裁判長の声が冷たく松江地裁の法廷に響いた。

「これ、本当なの」

 被告人席で女性は信じられないとばかりにうなだれた。

 

 今年1月、島根県警に詐欺容疑で逮捕・起訴された島根県松江市の田窪紘子さん(73)の松江介護詐欺事件について詳細をリポートした。これは今年6月16日に松江地裁で言い渡された判決の模様である。

 

 島根県松江市で身体障害者介護事業会社「いずみ」を経営している田窪紘子さんが最初に逮捕されたのは昨年9月のことだった。島根県警と松江地検による無理筋な捜査の末、ガンを発症したにもかかわらず、保釈さえ認められない非人道的で不当な捜査については前回のリポートで徹底追及した。

 

 紘子さんが起訴された松江介護詐欺事件とは、紘子さんが経営している「いずみ」が介護事業で得られる生活支援給付金を松江市に不正請求し、水増しされた給付金を騙し取った、というものだ。しかし、紘子さんは当初からいっさい身に覚えがないと容疑を否認し続けた。

 

 そのため勾留中にガンを発症し緊急手術を受けなければならない状態になったにもかかわらず、1カ月ほどの執行停止を許されただけで、保釈も認められないまま、ずっと拘束されるという非人道的な取り調べを受けていたのである。

 

 容疑を認めなければ出られない(保釈されない)、人質司法の典型だ。

 

 しかも、警察・検察側の主張はあまりに無理筋で、紘子さんの悪質性は薄かった。

 

 紘子さんはこれまで3回逮捕されている。最初が昨年9月で、そのときの逮捕容疑は「いずみ」が松江市から約6万7000円を騙し取ったというものだった。ところが、これは処分保留でうやむやに。次の逮捕が10月で、検察側の主張によれば、紘子さんらは約390万円を詐取したというもの。ところが、起訴状を元によくよく計算すると実質の被害はたったの1万5000円に過ぎないことが判明した。

 

 ちなみに「いずみ」の年商は約8000万円。そんな会社がわざわざ詐欺をはたらいてまで1万5000円のカネを騙し取るのは誰が聞いても明らかにおかしい。そこで警察・検察側は今年1月、さらに別の容疑を仕立てて、紘子さんを再逮捕・起訴していた。検察側の主張によれば、こんどは被害額が約1000万円にまで膨らんでいた。なぜ、こんなことになったのか。

 紘子さんは、こう話す。

「私たちが意図的に騙そうと請求したことはありません。ただ、介護の仕事は慢性的な人手不足の中でやっているので事務作業が混乱し、間違って請求してしまったケースがあったかもしれない。そこで、私の逮捕後に経理を洗い直したところ、やはりいくつかの請求ミスが認められた。それについては松江市など行政ときちんと話し合いを持ち、余分に受け取った部分については返還することで合意していた。ところが、警察と検察はこの請求ミスについても最初から騙す意図があった、つまり詐欺だといってきたのです。なかには、役所の指導に沿ってやっていたにもかかわらず、今回の捜査ではダメだとされたものもあるんです。しかも、被害額を約1000万円にも膨らませて、さも極悪人のようにされた。ありえない話をつくってきたんです」

 

 詐欺罪は、被告に騙す意図があったという「犯意」が立証できなければ成り立たない。紘子さんは一貫して騙す意図はなかったと容疑を否認し続けてきた。だが、裁判の結果は冒頭のとおり「有罪」だった。

 

 紘子さんは悔しそうに言う。

「いろいろ不満はあったが、こちらに請求ミスがあったのも事実です。それで(検察側の主張の一部を)渋々、認めたんです。否認をしていると、いつまで経っても出られない。ガンで体調も悪くなってきて、このままでは生きて帰れないという思いもあった。もちろん、今でも騙すつもりはなかったという基本姿勢は変わりませんが……」

 

 結局、警察・検察側にとっては“人質司法”が功を奏した形である。ところが、である―――。この判決がまた面妖なのだ。

 

 松江地検は紘子さんを約1000万円の詐欺事件の犯人として起訴したのだが、裁判所(松江地裁)は被告(紘子さん)側の主張を認めて、

「実質的被害額は約52万円」

 と認定したのだ。たったの52万円である。

 

 だが、裁判長は、こうも述べた。

「障害者介護給付制度の根幹を揺るがした責任は重く、厳しい非難に値する」

「実刑と執行猶予との境界線上に位置付けられる」

「反省がない」

 そして、懲役2年6月に、執行猶予ではもっとも長い「5年」という判決をくだしたのだ。

 

「これまで、検察や警察は巨額のカネを騙し取ったように訴えていた。一方で被告が主張する被害金額52万円を認めておいて、一方で執行猶予上限である5年だなんて、そんな判決はありますか」

 紘子さんの弁護人、郷原信郎弁護士は呆れ顔だ。紘子さん自身も納得がいかず、こう言うのだ。

「判決が出たら素直にしたがおうと思っていたんです。けど、執行猶予5年、つまり反省が不十分などと言われたら、黙っていられません。無茶な調べ、ガンの治療もさせなかったくせに。私は絶対に許せない」

 

 判決に執行猶予が付けばおとなしくし受け入れるつもりだった紘子さんだが、あえて控訴を選択した………。

(つづく)

 

【松江介護詐欺事件】

2012年秋、島根県松江市の介護事業会社、いずみの田窪紘子被告が逮捕、起訴された。松江市に介護事業の得られる生活支援給付金を不当に請求し、余分に得たという詐欺容疑。しかし、いずみは年商8000万円ほどあり、詐取した金額が約15000円と不自然なもの。紘子被告は、否認を続け争っている。ゆえに、ガンで緊急手術を余儀なくされたにもかかわらず、ずっと拘束されたままの状態が続いている。

 

(今西憲之)

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