ワールド・カップ・サッカーと政治
ワールド・カップ・サッカー・ブラジル大会が始まり、出場チームがいる国々では主要メディアも大きく報じている。 しかし毎日分厚く報道、ではない。
一方、日本のテレビ局は主要ニュース番組で、毎日何分もの時間を割いて報じている。まるでサッカーが日本社会の最重要な案件になったようだ。しかも各地の関連の動きを子どもから大人までインタビューしたりして紹介している。
確認する限り、日本以上にサッカーが盛んなヨーロッパの一般テレビ局もこんなに大騒ぎしていない。
日本のテレビ局の騒ぎようは、とりわけ、ある種意図的、異様に映る。日本にはヨーロッパの国にはない原発・放射能災害問題、特定秘密法問題、集団的自衛権の問題と重要な問題が山積しているのに、サッカーに比べると、これらの“問題軽視”と言って良いほど問題点を検証する報道が弱いから、だ。
16日(月)公共放送NHKは、日本チームの試合があるわけでもないのに夜9時のニュースなど前半の15分以上を割いて延々とインタビューや解説をしている。
重要な問題をきちんと報道するという公共放送の使命を無視し、逆にまるで意図的に重要な問題を国民に忘れさせようとしているかのようだ。
NHK夜9時のニュースは更にスポーツ・コーナーもあり、サッカー漬けにしようとしているかのようだ。
福島では原発事故後、年月がたてばたつほど多くの問題が出てきているが、サッカー関連の子どもたちの姿を報じても原発事故被害者の苦悩を報じるニュースは殆ど消えてしまっている。
NHKが巨額を投じて放送権を取得したから、というのであれば、サッカーの試合をスポーツ番組としてきちんと放送すれば良いだけのことだ。ニュースで長々と放送するのは先進国の水準からみれば異常である。
BS1は元々、「情報&スポーツ」専用チャンネルとして認可を受けた。このチャンネルも主要時間帯は、今やニュースやドキュメンタリーなどの情報番組以上にスポーツが幅を利かせるようになっている。
古代ローマ帝国はパンと見世物(スタジアムでの決闘など)を国民に提供して社会問題などへの不満を解消させた。
ジョージ・オーウェル(George Owell)は小説「1984年」で人々がビッグ・ブラザーに監視され知らぬうちに自由を制限され隷属させられていく社会を描いた。
テレビに重要な社会・政治問題のニュースはない。その中で国民をどんどんサッカーに夢中にさせ、ギャンブルも煽って政治や社会問題から無関心にさせていく個所が想い浮かぶ。
「1984年」は、世界が地域紛争で戦争が繰り返される状況にあるとの設定で、幾つもの印象的な表現が見られる。各々解釈を試みてみても良い。
●“戦争は平和だ”(⇒平和は戦争して達成される?安倍氏のいう積極平和主義と似通った感じがする)、
●“無知は力なり”(⇒知らなければ恐れる必要は無い?)、
●“自由とは隷属である”(⇒羊のように抵抗せず隷属すれば殺されるまでは自由に動き、牧草を食べられる?)、
言葉の意味のすり替え、反転さえ試みられ、国民を洗脳・思考停止に追い込んでいく社会。
※( )は筆者の解釈例。
“民主主義国“の中では自由な言論・報道が最低水準にあると言われる日本社会。我々の明日が「1984年」のような社会にならないという補償は無い。
原発事故隠し、放射能被害過小評価、民主主義社会の原則である情報公開を制限する特定秘密保護法、その具体的施行規則を巡る論議、「何としてでも自衛隊員を戦闘地に派遣しやすくしたい」そんな意図が見え隠れする集団的自衛権行使容認の論議、消費税率引き上げに追いつかない給与の引き上げ、アメリカ企業の倍近く現金がある日本企業の法人税引き下げ、医療保険費引き上げ、単身女性の貧困問題など……。
公共放送を見る限り、根本的な議論は国会中継でも見られず、根本から捉えた企画番組もない。一見公正に見える「日曜討論」も結局、政権側の言い分で終わるのが常だ。
安倍氏の意向を受けるように任命されたNHK会長が“政府の言い分を伝える”ようなことを平然と言ったのを忘れない。今のNHKが、国民のためというより政権の方向を向いていると思うと頷ける。
繰り返すが、日本社会に重要な問題山積している状況下、NHKはじめテレビ界が、ワールド・カップ・サッカーで国民を煽るような放送を続けるのを見ると、オーウェルの「1984年」を想起してならない。
私の懸念が杞憂に終わるのを願うだけだ。日本のサッカーファンが、時の権力や御用メディアの世論工作に影響されず、政治・社会問題を忘れることなくワールド・カップサッカー・ブラジル大会を楽しむものと期待したい。
(大貫康雄)
Brazil and Croatia match at the FIFA World Cup 2014-06-12
PHOTO by copa2014.gov.br (Brazil beat Croatia in World Cup opening match) [CC-BY-3.0 (http://creativecommons.org/licenses/by/3.0)], via Wikimedia Commons