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「第一次世界大戦100年の検証展」に思う

 ベルリンのドイツ歴史博物館で「第一次世界大戦100年」の検証展が5月29日から開かれている。この展覧会が告発するのは“安易に戦争に走った指導者たちの愚かさ”であり、“想像を超えた戦争の悲惨”である。


 短期間に終わるとの甘い見通しが思いもつかない泥沼に陥った大戦。今様にいえば“集団的自衛権の行使が想定を超え、ヨーロッパそして世界政治を一変させる大戦争に”なった。検証展は各国の当時の資料を駆使し、訪れる者に考えることを迫る。


 第一次大戦勃発から100年の今年、ヨーロッパでは研究者の論文やメディアの検証記事、シンポジウムなどが展開されている。
 オーストリアの首都ウィーンの市庁舎内図書館では、戦争で市民生活に徐々に深刻な影響が表れ、想像を超えて長く困難な時代になっていく様が資料で紹介されている。イギリス・ロンドンの肖像画博物館では当時の一般兵士たちの様々な場面での写真展が開かれている。


 当時のヨーロッパは各国の利害が複雑に絡み、対立と同盟(集団的自衛)関係が幾重にも結ばれていた。ドイツ・オーストリア、オスマン・トルコ、それにブルガリアの中欧同盟国とイギリスとロシア、それにフランスとの3国協商国(連合国)とが対立していた。


 戦争の切っ掛けは1914年6月28日、時のオーストリア=ハンガリー帝国皇太子夫妻がセルビア人青年によって暗殺されたサラエヴォSarajevo事件。オーストリアの軍部と官僚はセルビアへの懲罰的戦争を望み、皇帝に圧力を加えて7月28日宣戦布告。これに対し汎スラブ主義の盟友ロシアも軍部が皇帝に圧力を加える形で7月31日総動員令発令された。
 ドイツはロシアに総動員令撤回を求めるが拒否され、同じく軍部官僚が皇帝に圧力を加える形で8月1日総動員令が発令され、これにフランスも同日8月1日総動員令を発布した。
 オランダ、ベルギーの低地諸国の中立を重視していたイギリスはベルギーに軍の通過を拒否されたドイツが侵入するや否や4日に対ドイツ宣戦布告。いずれも楽観的な想定に基づいて相次いで戦争になった。


 当時ヨーロッパでは40年間戦争が無く、戦争の実相を知らなかった。どの国の指導者も国民も“戦争は短期間に終り”、“クリスマスまでには帰還出来る”と楽観視していた。

 しかし戦争はすべての国民の予想を裏切り、4年以上も続く。機関銃と化学兵器(毒ガス)が使われ、航空機、戦車が登場するなど、破壊技術の革新が急速に進み導入された。


 検証展では、フランス北東部からベルギーにかけ場所によっては敵味方数メートルしか離れず長期間敵対した塹壕戦の実態、双方70万人が死亡したヴェルダン(Verdun)、ロシア軍が大敗しロシア戦列離脱の遠因となったタンネンベルク(Tannenberg)、陸軍と海軍が呼応せずイギリスがオスマン・トルコ軍に敗れたガリポリ(Gallipoll)、などの激戦地、長期的に占領されたベルギーやガリシア(Galicia)の人たちの置かれた状況などが映像や手紙、日記などで語られている。
 兵士たちの間に砲撃の音や震動による心理的障害(「砲弾衝撃Shell shock」、所謂PTSD症候群が確認された戦争でもあった。(当時は司令官や医師たちに理解されず、戦線への動員拒否と見なされ処刑される兵士が続出した)


 終わってみると兵士の死者900万人、一般市民の死者500万人、世界を一変させる破局的大惨事になっていた。


 この検証展では如何にして戦争が歯止めなく激化し、人類最初の総力戦となったか、産業も国民生活も巻き込む戦争経済になり、武力紛争の性格を本質的に変えたか、そして国民の自由を奪う全体主義国家出現まで、各国の政治・行動をどう一変させていったかを、多角的に資料を駆使し、当時の諸状況を明かにしている。


 今年のダヴォス会議で安倍総理は当時の英独関係を現在の日中関係になぞらえ各国の顰蹙を買った。


 当時、ドイツ皇帝、ロシア皇帝、それにイギリス国王の3人は英ヴィクトリア女王を祖母とする従兄同士。イギリス王室は戦争直前にもベルリンでドイツ皇帝5男の結婚式に臨んでいたくらいだった。


 戦後、独、露、墺、オスマンの4つの帝国が消滅、大英帝国も疲弊し、ソビエトの誕生、そしてアメリカが台頭する。


 この検証展の前、ドイツ公共放送ZDFはドキュメンタリー・シリーズ「第一次大戦」を制作し、各国の安易な相互依存(集団的自衛権)の関係があの大惨事に繋がっていた経緯を追っている。


「第一次大戦100年」の検証展は11月30日まで5カ月間開かれている。
 安倍総理にはこの検証展に足を運び、安易な集団自衛権の行使がいかなる結果を齎すか、学ぶことを薦めする。


Photo by Unknown German war photographer.Sus scrofa at en.wikipedia [Public domain], from Wikimedia Commons