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朝日新聞が明らかにした「吉田調書」から見えるもの  緊急時の事故対応は誰が担うのか?

 朝日新聞は2014年5月19日、故吉田昌郎・福島第一原発所長(当時)が政府事故調の聴取に応じた際の聴取記録全文を入手したことを明らかにした。翌20日、朝刊1面と2面で、聴取記録の検証第1弾として、1Fで緊急時作業時に命令違反があったことを暴露。ここから見えるのは、非常時の作業を誰が担うのかという問題点だ。

 

「吉田調書」 福島原発事故、吉田昌郎所長が語ったもの
http://www.asahi.com/special/yoshida_report/

 

 以下の記事に残る問題は、2Fへの退避指示がどのような経路で出てきたのかだろう。記事を見る限り、吉田氏は状況を把握していない様子だ。緊急時対応には作業計画そのものに無理がある可能性もある。福島第一原発事故、および現在の作業計画の検証が急務だ。

 

福島第一の原発所員、命令違反し撤退 吉田調書で判明:朝日新聞デジタル
http://t.co/uiy4V0fppf

 

葬られた命令違反 吉田調書から当時を再現
http://www.asahi.com/articles/ASG5M5RS6G5MUUPI00R.html?

 

 東電テレビ会議には、1号機、3号機、4号機が水素爆発を起こす間、吉田氏が作業員の被曝を気にして作業を諦める様子が出てくる。こうした映像から見えるのは、極限時に誰が作業するのかという疑問だ。以前、岩波「世界」には、原発を動かすには軍隊と同等の指揮命令系統が必要だとする寄稿があった。

 

 ハリソン・フォード主演の映画「K19」は、冷戦下、北大西洋を航行中のソ連原潜で起きた原子炉事故の経緯を描いたものだった。この中で艦長が、致死量の被曝をするとわかっていて部下を修理に向かわせるシーンがある。こうした決死の作業、によりK19は破滅的な事態を免れたという。

 

 つまり原子炉を動かすということは、過酷事故の際に作業員を決死の覚悟で現場に送る指示ができるかどうかが最後の分岐点になるのではないか。そこで働く人たちはそうした契約にサインすることが求められるのかもしれない。福島第一の事故は、偶然の重なりによって「最悪の想定」を免れたが、次はどうか。

 

 緊急時の作業員の被曝について、原子力規制委は本質的な議論を何もしていない。昨年10月9日、僕自身が田中委員長に、テレビ会議での吉田氏の懸念を含めて緊急時の被曝について聞いたところ、田中氏は「いくら被曝してもやるべきことをやれということには、多分、ならない」とし次のように続けた。

 

「そこは状況に応じて判断していくのだと思う」
−−−その判断基準は現状では事業者に任せられている。規制委としてとこに介入する考えはないのか
「ないです」

 

 つまり緊急時対応ができるかどうか、あるいは「対応するのかどうか」は、事業者任せになっているのが現状だ。

 

 田中委員長がこうした回答をした背景には、委員長自身が「被曝の問題があって(事故の対応が)できなかったとは考えていない」と述べている認識がある。田中氏の中では、被曝量の問題ではなく機械的なトラブルなどの問題で、ベントを始めとしたさまざまな作業ができなかったということであり、被曝の問題で作業が滞って事故が進展したことはなかったようだ。

 

 しかしこの認識は、残念なことに、現実を直視していないといわざるをえない。実態はテレビ会議映像の検証でも垣間見えるし、朝日新聞が明らかにした事故調の聴取記録から判明することも非常に多いだろう。緊急時の作業計画はどうしたらいいのか、誰が作業を担うのか、そもそも作業が可能なのか等々、議論すべきことは山のようにある。

 

 一方で、以前から何度も触れているように、政府事故調、国会事故調の資料はともに、歴史上の第一級資料であり、この検証なくして、再稼働の議論はありえない。

 

 表に出ている資料や報告書と、埋もれている政府事故調、国会事故調の検証記録の間に齟齬はないのか。限定的な期間で作業したことで抜け落ちている部分はないのか。いったい事故は、どうして起きたのか。こうした福島第一の事故検証を放置したまま再稼働するのは、被害者への冒涜ではないか。

 

 政府事故調、国会事故調ともに、大量に収集した資料の取り扱い方法は、なにも規定されていない。規定していない理由は不明だが、規定することで資料が公になり、事故調で触れていない事実が明らかになることを恐れたとしか思えない。他に取り扱いを決めていない理由があるなら、是非聞きたいと思う。いずれにしろ不都合な事実

 

 国会議員は今すぐ、国会事故調の記録を公開できる手続きを定めるべきだ。そして官僚は、政府事故調の記録を公開できる仕組みを作らないといけない。結局、事実の検証からしか次の手立ては生まれないのだから。

 

(木野龍逸)<t>

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