安倍総理が“私的諮問機関”の提言を受けて集団的自衛権の行使容認に
『安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会』は、報告書で現憲法の元でも密接な関係にある国が攻撃を受けるなど、一定の要件の下では“政府が適切な形で新しい解釈を明らかにすることによって集団的自衛権の行使を容認できる”と提言した。
安倍総理は、その提言を受けるとその日のうちに記者会見をし、「憲法の平和主義を守り抜く」などと、諮問機関の提言に比べ慎重な印象を与えようとした。
安倍氏は、参考資料も含め42ページにもおよぶ報告書の内容をすでに周知していたのか、記者会見は驚くほど早く行われた。
しかし、記者会見を聴く限り、解釈改憲で自衛隊に海外での武器使用をさせ、現憲法を骨抜きにしようという意図が窺われる。仮定の事態を紙芝居のように説明したが、その仮定の根拠が不明だし、相手国の対応やその後の展開も考えていない。勝手に仮定を想定し、一方的な推定と解釈による報告で詭弁に感じられる。
私的諮問機関がずさんな仮定を想定し、憲法の根幹に触れる問題で、一方的な論理展開と見解を打ち出し、政策に反映させようとしている。
それがまかり通れば、それこそ『NYタイムズ』の社説(5月8日付)の指摘する通り、我々日本人は“民主主義の真の試練に直面”している。
安倍氏の言動を検証する限り、氏の政策や人事には疑問が多い。問題に関する理解が浅く、言葉は曖昧、具体性がない。綺麗ごとを並べながら、原発政策をはじめ実際にやっていることは国民の意志とは真逆であることが大半だ。
今回は、私的な機関を利用し憲法の基本を崩そうとしている。繰り返すが「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」なるものも総理大臣決裁だけで作られた“私的諮問”機関に過ぎないのだ。
有識者14人も第一次安倍政権の2006年に、安倍氏が自分と意見・方向性を同じくする者を任命した。まさに知人・友人の懇談会、同好会のようなものである。
“第一期”の報告はわずかの期間に作られたが、次の福田康夫総理大臣は、これを重視せず議論は停止した。
安倍氏は7年後、第二次安倍政権発足と同時に“第二期”の活動を再開した。
しかし開かれた会合は4回だけ。第二期の懇談会も、まさに広く国民に議論参加を呼び掛けることもない私的な諮問機関で、安倍氏及び側近たちの“勉強会”が実態だった。
それを安倍氏は、あたかも公的な権威があるかのように、憲法の体質・性格と安全保障政策を大転換しかねない問題に関する報告書を受け取った。
憲法を変えるのがそう簡単ではないことと知って、安倍氏は憲法解釈によって集団的自衛権の行使容認を認めさせようとしている。諮問機関の有識者会議も、第二期の報告書では、“限られた事態での集団的自衛権の行使(武器使用)は憲法変更の必要はなく容認可能だ”など、第一期の報告とは理屈と結論を変えている。
安倍氏が利用した“私的諮問機関や審議会”は、欧米では、独立性や公平性に懸念が出されている。
特にブッシュ(子)政権時には、政権寄りの人材を中心に審議会などが作られ政権に都合のよい報告・提言が出された。
これらに“中立性の欠如”“人選の偏り”“多様な人材の参加が少ない”“論議が不十分”“情報公開不足”“最初から結論の方向性が見えている”など問題点が指摘されている。
この報告を元に、安倍総理は与党間の協議に入り、その上で解釈改憲の閣議決定をし、そして国会で関連法案の採決をしていくことを明らかにしている。
私的な機関の報告が公の政策へと変えられていくのは、国民の目を欺く姑息なやり方である。“最初に結論ありき”の三文芝居でしかない。
先述のNYタイムズの社説では、皮肉をこめて、野党は混迷の中にあり、連立与党の公明党次第で日本の民主主義の真価が問われてしまう恐れが出ているとしている。
【DNBオリジナル】
U.S. Department of State