【「美味しんぼ」と風評被害】当事者不在の不毛な言い争いに辟易する東京の福島県人たち(鈴木博喜)
週刊ビッグコミックスピリッツ(小学館)に連載中の漫画「美味しんぼ」の描写を巡り、福島県や双葉町、果ては大阪市までが抗議を申し入れる事態にまで発展した「風評被害騒動」。鼻血が放射線被曝に由来するのか否か。そんな不毛な言い争いに、東京都内の福島県人たちは一様に辟易した表情を見せた。漫画家がどう描こうとも、原発事故で放射性物質は拡散した。被曝の危険性が依然として存在することは事実だ。地に足のついた被曝回避、復興を望む声が聞かれた。
【福島では毎日毎日が渦中】
「『美味しんぼ』の影響ですか?いえいえ、まったくありませんよ。漫画のことも鼻血のことも口にするお客さんはいません」
東京駅八重洲口近くの「福島県八重洲観光交流館」。田村市に生まれ育ったという50代の女性スタッフは困惑気味に話した。「2年前、初めて東京に出てきた時は、冷たい反応に驚かされたものです。陳列されている果物を指さして『検査しているの?』って聞かれました。心配なら買わなければ良いだけだと思うのですが…。『ここで販売して良いのか』と詰め寄ってくる人もいました。今はもう、そういう人はいないですけどね。認識が深まったのと関心が低くなったのと両方なんでしょうね」。
今回の騒動は、テレビの報道で知った。「あゝまた騒いでるな、って思った程度ですよ」。
福島県内で暮らす妹は、わが子に福島県産食材を食べさせまいと県外から野菜などを取り寄せている。漫画の描写が正しいか否かを外野で言い争っている間にも、福島では否応にも原発事故の影響から逃れられない日々が続いているのだ。
「東京と福島とでは温度差がありますよね。福島で起きてはならないことが起きてしまって、それを東京の人々は離れたところから見ている。でも、福島では毎日毎日渦中にいるんです。妹がそうであるようにね」
田村市の実家に戻ると、その温度差を口にする人が多いという。
「政治家でも誰でも、みんな一度、福島で実際に生活をしてから物を言って欲しいですよ」
(東京駅からほど近い、八重洲観光交流館。女性スタッフは「『美味しんぼ』の影響なんてありません」と話した)
【一喜一憂している暇は無い】
福島県は5月12日、ホームページに見解を掲載した。
「『美味しんぼ』の表現は、福島県民そして本県を応援いただいている国内外の方々の心情を全く顧みず、深く傷つけるものであり、また、本県の農林水産業や観光業など各産業分野へ深刻な経済的損失を与えかねず、さらには国民及び世界に対しても本県への不安感を増長させるものであり、総じて本県への風評被害を助長するものとして断固容認できず、極めて遺憾」
7日には発行元の小学館に対し「偏らない客観的な事実を基にした表現とされますよう、強く申し入れます」などと申し入れている。
「佐藤雄平県知事の出したコメント以上でも以下でもありませんよ。こちらから積極的にコメントするべきことでも無いですし」
JR新日本橋駅近くにオープンして1カ月が経った「日本橋ふくしま館-MIDETTE(ミデッテ)」。運営する福島県観光物産交流協会の男性職員は、うんざりした表情で話した。
「福島市内には妻も息子も住んでいますし、私もこれまで生活して来て鼻血など出たことがありません。もちろん、作家の方は取材して描いたのでしょうけど。正直なところ、こういうことに一喜一憂している暇は無いんですよ。不安な人は福島から離れていただくしか無いわけで…」
そして、次のように語って締めくくった。
「もうウンザリなんですよ。復興に向けて歩き出すと、こういう話や汚染水の話が出てくる。ちっとも前に進めない」
吐き捨てるような言葉。奇しくも福島市役所の職員が語った内容とほぼ同じだった。
(風評払拭を目的に4月にオープンした「日本橋ふくしま館(MIDETTE)」では、福島県産の米や野菜、日本酒などを販売している=東京都中央区日本橋室町)
【放射性物質の拡散は事実】
「ミデッテ」の女性スタッフは、いわき市出身。「ここで販売している商品はすべて検査を受けていますから、ある意味日本一安全ですよ」と笑顔で話した。「福島の生産者がどれだけ苦労をしてるか…。向こうのスーパーで働いていた時は、放射性物質を含んでいる恐れがあるからと陳列寸前に回収され、廃棄処分された野菜もありましたからね。そのくらい一生懸命に取り組んでいるんですよ」。
しかし、今回の騒動のように汚染や被曝の危険性を伝える表現を「風評だ」と封じるような動きには反対だとも強調した。
「原発事故で放射性物質が降り注いだのは事実ですよね。だから本当のことを伝える必要があります。『美味しんぼ』は、あれはあれで良いと思う。鼻血が出たのも事実なのでしょう。本当のこと、事実を伝えて、その上でどうしていくかを考えないと。原発は日本全国にあるんです。福島の事故は他人事ではないんです。次にあのような事故が起きてしまったら、日本は終わりですよ」
だからこそ目の前の現実から目を逸らしてはいけない─。
「福島で暮らす人々が一番、冷静なんじゃないですか。県外の人々ばかりが騒いでいる感じ。だって、福島では今日も日々の暮らしがあるんですから」
【民の声新聞】