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船長の騎士道精神は幻想だったセウォル号沈没事故(大貫 康雄)

4月16日早朝、韓国西南部の沖で起きた韓国の客船「セウォル(世越)」号転覆沈没事故は、さまざまな角度から原因究明中だが、船長はじめ乗組員の質とモラルの低さが、当初から明白になっている。

セウォル号事故に限らず、世界の海難事故を見ると、船長らの騎士道精神は期待しない方が良い。船長ら乗組員が乗客を差し置いて脱出、乗客の救助を最優先し、かつ効率的に実施したのは稀だ。船長の騎士道精神が発揮された「タイタニック(Titanic)」号遭難事故は例外。乗客は乗組員や船会社が信頼できると幻想を抱かず、万一の場合、自分の身をいかにして守るかを常日頃から考え、備えておくしかないようだ。

今回の「セウォル」号事故で乗組員の対応で酷かったのは、以下の点だ。

●危険が迫る危機的事態を乗客に知らせず緊急脱出の手立てを講じなかった。

●乗客にそのままの場所に留まるよう再三船内放送をしていながら、船長はじめ乗組員たちが真っ先の脱出し救助された(船長は非正規社員で臨時の船長だったとか。一体どのくらい「セウォル」号の運航に熟知していたのか?)。 その結果、修学旅行の高校生らの死者・行方不明者302人という悲劇につながった。

2年前、イタリア・トスカーナ地方沿岸で起きたクルーズ客船「コスタ・コンコルディア(Costa Concordia)」号の座礁事故は、死者11人(乗客10人、乗員1人)、行方不明29人(乗客15人・乗員4人)を出した。事故原因は航路に定められてはいない沿岸の浅い部分を航行して座礁したためと見られている。この事故では以下の事が明かになっている。

●船長が港湾当局の乗客救助命令を無視し、救命ボートに乗っていた(通信記録で明らか)。

避難指示を出さなかった

●逆に「問題は解決した客室に戻って」と偽りの船内放送がある

●「救命衣を着用し上甲板に出るよう」避難指示が出たのは、事故発生から2時間後、事故を会社に連絡してから1時間後だった。

避難準備が整うのに45分もかかった。

救命ボートが満員で乗れない人も多かった。

乗客より乗組員の方が多い救命ボートもあった。

●そこでも乗組員たちは笑いながら食事をし、謝罪の言葉が一切なかった(危機感も責任感も欠如)

●船長は愛人の女性を部屋に連れ込んでいた(安全への注意が散漫になるモラル欠如の典型的な形だ)。この女性が裁判で証言。

●乗組員の大半は船員資格がなかった

「コスタ・コンコルディア」号座礁事故時、『Japan Times』がスウェーデン・ウプサラ(Uppsala)大学の二人の経済学者Mikae Elinder とOscar Erixonの調査報告を引用し、12年4月16日付で「船の遭難事故で騎士道精神は神話に過ぎない」との記事を載せている。

この調査は1852年のインド洋上での沈没事故から、2011年のヴォルガ河での沈没事故まで、159年間の主な客船事故18件の例に基づいている。

その一部を抜粋を紹介する。

船長や乗組員の生存率は一般乗客より18.7%高かった。

●これらの事故で約15000人が死亡(女性生存率17.8%、男性生存率34.5%)。このうち3つの事故では女性客全員が死亡。

●タイタニック号遭難事故では多くの女性客が生き残ったが、これはまったくの例外。

調査報告で二人は“生死の際は、誰もが自己最優先の行動をする”と断じている。

「コスタ・コンコルディア」号の座礁事故は、1912年4月14日北西大西洋上で処女航海中に氷山と衝突して沈没した豪華客船「タイタニック」号遭難事故から100年ということもあって、世界で厚く報道されたので記憶している人も多いだろう。

タイタニック号事故の犠牲者は乗客・乗組員合わせて1510名以上にのぼっている(犠牲者数は諸説あり、事故原因も正確にはわかっていない)。

先のウプサラ大学の二人の経済学者の報告によると「タイタニック」号遭難事故の場合は、エドワード・スミス(Edward John Smith)船長(62歳)が「女性を差し置いて救命ボートに乗る者は銃殺する」と宣言船長には騎士道精神が生きていたという。

「タイタニック」号事故の場合、女性乗客の生存率は実に73.3%。子ども乗客の生存率は50.4%。男性乗客生存率20.7%となっている(先の18の事故で、船長が女性乗客を優先させたのは5例)。

調査では救命ボートに乗せた乗客の安全を担当し、生き残った乗組員たちの証言を紹介している。

●“スミス船長は救命ボートが充分備えられていないのを知っており、女性客への配慮を示したのではないか”(当時、乗客全員の救助に必要な救命装置は義務付けられてなかった)

●“船長が船と運命を共にする義務はないが、乗組員が乗客を見捨てるということではない”

●“大事なのは乗客全員の安全を確認し、できることはすべてやったかどうか最後まで確認すること。それには日ごろの訓練と経験がものをいう”

スミス船長は最後まで乗客の救出状況を見守り、「タイタニック」号とともに北西大西洋の冷たい水に消えた。

「タイタニック」号は、当時世界最大の豪華客船だった。そのニューヨークまでの処女航海中で、欧米の著名人や大富豪、その家族らが多く乗り込んでいた。

一等客室の乗客エディス・エヴェンズ(Edith Corse Evans)のように、独身の自分の代わりに家族がいる他の女性客を救命ボートに乗せ、自分は船と共に最後を迎えた女性客もいる。

スミス船長の最後の身の律し様をはじめ「タイタニック」号遭難事故での救出劇は例外であればこそ、数々の逸話が重なって人々の心を引き付け、小説や映画で何度も取り上げられている。

また船体や機体がいかに先端技術を駆使して“安全に”作られ、航空会社や運航会社がいかにしっかり安全に配慮していても、やはり人間が作り、人間が運行するもので、完全に安全であることはあり得ない

我々個人の対応能力に限界はあるが、飛行機や船に乗る際は救命具などがどこにあるのか、どう使うのかなど、非常時の対応を常に心に留めておくしかない。

【DNBオリジナル】

[caption id="attachment_20959" align="alignnone" width="620"] タイタニック号[/caption]

photo:F.G.O.Stuart