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やばいぜ、中国経済! シャドーバンキング・不動産バブル崩壊、習近平の経済失策が日本を直撃する(相馬 勝)

「かつてのドバイは不動産バブルだったが、中国でもドバイと同じような社会的現象が起きているのは間違いない」

こう語るのは、昨年のノーベル経済学賞受賞者であるロバート・シラー米エール大学教授だ。

シラー教授が指摘する「ドバイの不動産バブル」とは、2009年11月、ドバイ政府の持ち株会社の債務総額590億ドル(約5兆9000億円)償還が期限内になされず、デフォルト(債務不履行)状態に陥ったケースだ。ドバイは中国同様、超高層ビルや人口島のパーム・アイランドなどの大規模な不動産開発によって急成長した。しかし、前年のリーマン・ショックに端を発する国際的な金融危機で不動産ブームが縮小し、バブルがはじけたのだ。

[caption id="attachment_20722" align="alignnone" width="620"] (「共産党好、社会主義好、改革開放好」と書かれた政治宣伝用スローガン=北京で=撮影・相馬勝)[/caption]

 

シラー教授は「中国の深圳や上海の住宅価格は、少なくとも年収の36倍にも達している。中国では20年間もこのような状態が続いており、ドバイと同じことが、いつ起こっても不思議ではない」と分析し、すぐにでも中国で不動産バブル崩壊が起こる可能性を否定していない。

投資家として有名なジョージ・ソロス氏もほぼ同意見だ。自身のウェブサイト「プロジェクト・シンジケート」に寄稿した今年の世界経済見通しのなかで、「中国の経済成長はこれまで不動産部門や輸出に頼っていたが、すでに経済規模全体が縮小しており、金融危機前の米国の状況と不気味なほど似ている――中略――(この問題を解決しようとすれば、)中国は自己矛盾を抱えている。それは債務が再び急激に増加することだ。これは2年以上、持続できるものではない」と指摘し、今後2年の間に中国バブルが弾けるとの大胆な予測を明らかにした。

[caption id="attachment_20723" align="alignnone" width="620"] (次々に建設されるマンション群=上海で=撮影・相馬勝)[/caption]

 

シラー教授やソロス氏の予測を裏付けるように、1月下旬、シャドーバンキング(影の銀行)のひとつで、北京市の信託銀行「中誠信託」が発行する30億元(約510億元)もの高利回りの金融商品である「理財商品」がデフォルト寸前に陥った。「このケースでは幸いにも償還期日の4日前に、デフォルトは危うく回避されたが、その後の世界的な新興国不安の引き金となり、

世界的な株安を引き起こす結果を招いてしまった。まさに、中国発の国際金融危機不安が現実化した形だ」と北京の国際金融筋は語る。

この最大の原因であるシャドーバンキングとは中国独特の現象で、銀行融資以外の方法で資金をやりとりすることだ。中国は他の国と違い、政府による厳しい金融規制により、銀行から資金を調達できるのはほぼ国有企業に限られる。それ以外の民間企業や中小企業、地方政府傘下の不動産開発会社は、ノンバンクや信託銀行などで資金を借りるしかない。

「とはいえ、これらのノンバンクなどは“闇のルート”で国有銀行とつながっており、銀行から資金の提供を受けている。これが『シャドーバンキング』といわれる所以でもある」(同筋)。

ソロス氏も指摘するように、シャドーバンキングとは中国全体で債務が限りなく膨れあがる状態で、いわば“借金のたらい回し”にほかならない。ソロス氏の見解では、この限界が「2年」というわけだ。

日本の会計検査院に当たる中国審経署によると、地方政府の直接・間接の債務残高は昨年6月末時点で17兆8909億元(約310兆円)。中央と地方政府全体の債務残高は30兆元(約510兆円)を超え、国内総生産(GDP)の60%近い水準に達している。

中国政府の経済政策のアドバイザーも務めている上海復旦大の張軍・中国経済研究センター所長は「深刻なのは、不動産開発会社の実施的な経営母体である地方政府が借金を返せず、デフォルト状態に陥ることだ」と懸念する。

習近平主席も同じような懸念を抱いていたらしい。というのは、習は昨年末の中国共産党政治局会議で、経済を中心とする改革の司令塔となる「党中央全面深化改革指導小組(グループ)」を発足させ、自らがトップに就いたのだ。同グループは昨年11月の党第18期中央委員会第3回総会(3中総会)で打ち出したものだ。

[caption id="attachment_20724" align="alignnone" width="620"] (演説する習近平主席=CCTVから=撮影・相馬勝)[/caption]

 

中国では通常、トップの党総書記は党務や軍、外交を担当し、経済政策には首相に任せていたが、習体制下ではトップ自らが経済政策全般を担当するという極めて異例のシフトだ。

異例といえば、やはり習が3中総会で提唱した「国家安全委員会」についても当てはまる。同委は安全保障政策や治安維持対策を決定する最高機関と説明されていたが、「国家」という文字が冠されていたため、党ではなく、政府機関とみられていた。つまり、通常ならば、首相がトップに就いてもおかしくない。

ところが、今年1月下旬に同委最高人事が発表された際、同委の正式名称が「党中央国家安全委員会」と発表されたのだ。このため、同委は党の機関であることが判明。トップの同委主席には、またもや習が就任した。

しかし、これまでの経緯を詮索すれば、当初は政府機関との位置づけだったが、習自らがトップに就くために、急きょ「国家」の前に「党中央」を付けて、無理矢理、党の機関にしてしまったとも考えられなくもない。習氏はすでに党と軍のトップであり、国家元首でもある。外交政策の最高決定機関である党中央外交指導小組や、領土領海問題に関する「党中央海洋権益維持工作指導小組」のトップでもある。さらに、新設の同改革指導グループや安全委のトップに就いたことで、権力は習に極度に集中。一方の李氏は同グループや同委でもナンバー2止まりだった。

「これは習主席による『李首相封じ込め』にほかならない。この裏には、一昨年秋の第18回党大会の最高人事をめぐる習主席と李首相の確執がある。習主席の李首相に対する不信感は根強く、今も払しょくされていない」と北京の党幹部は説明する。

 

[caption id="attachment_20725" align="alignnone" width="620"] (手を上げて演説する李克強首相=CCTVから=撮影・相馬勝)[/caption]

 

さきの党大会では江沢民元主席が率いる上海閥と、習が中心となる太子党(高級幹部子弟)グループが結束し、党官僚グループである中国共産主義青年団(共青団)閥との間で熾烈な権力闘争が展開された。共青団閥のトップは当時の最高指導者だった胡錦濤主席で、胡の腹心中の腹心の李克強・副首相が控えており、さらに改革派の汪洋・広東省党委書記や近い将来の最高指導者と目される胡春華・内モンゴル自治区党委書記ら若手有望幹部が党最高指導部である党政治局常務委員会入りをうかがっていた。

これに対して、江沢民ら上海閥が猛烈な攻勢をかけて、胡主席や胡に近い改革派の温家宝首相ら国務院テクノクラート集団を痛烈に批判。米紙『ニューヨーク・タイムズ』は、北京の党幹部の話として「江沢民は『胡錦濤・温家宝の10年間は社会不安が増し、経済は悪化し、領土問題も妥協を余儀なくされた。胡錦濤は、これまでで最悪の最高指導者だ』と罵倒した」と伝えている。

結局、共青団閥で最高指導部である「チャイナ・セブン」に選出されたのは李のみで、上海閥・太子党連合の圧勝だった。しかし、25人の党政治局員のなかには汪洋や胡春華ら共青団閥系メンバーも10人以上が占めており、習にとって侮れない勢力であるのは確かだ。

 

[caption id="attachment_20726" align="alignnone" width="620"] (「習近平の正体」/茅沢勤・著)[/caption]

 

とくに李首相の名前をとった「リコノミスクス」と総称される改革主導の経済政策については、海外を中心に期待が高まっているのも事実。

前出の北京の国際金融筋は「リコノミクスの中核は①過剰融資の縮小、②公共事業の適性化、③構造改革の三本柱からなっている」と解説。具体的には、シャドーバンキングなどによる過剰融資を縮小してバブル経済崩壊を未然に防ぎ、公共事業に過度に依存した経済体質の変革を図る。さらに従来型経済からの転換を目的として、国有企業の民営化、金融市場の開放、土地売買の自由化など一連の構造改革の実施を目指している。

李氏は一昨年11月の党大会直後に開かれた中国国務院(政府)の会議で「改革は前進するのみだ。後退はない。改革を拒絶する者は、(その消極的な仕事ぶりによって)過ちを犯すことはないだろうが、歴史に責任を負わなければならない。改革の深化こそ、わが国発展の最大の『ボーナス』なのだ」と改革の断行を高らかに宣言した。

その後も、李氏は「改革は最大のボーナスであり、改革によって、無数の人民に利益を与えることが目的だ」とか、「改革の直面する問題を一歩一歩解決し、チャンスを逸せず、重点的な問題を突破して、大局を切り開かなければならない」などと改革への熱意をみなぎらせているような発言を繰り返し、「改革派宰相」として鮮烈なイメージを国民に植え付けようとしていた。

「李首相が力を発揮し、これらの改革が実施されれば、中国経済が劇的に改善するのは間違いないが、習主席が『待った』をかけているのだ」と同筋は指摘する。

 

[caption id="attachment_20727" align="alignnone" width="620"] (「習近平の野望」/相馬勝・著)[/caption]

 

それを端的に象徴しているのが、昨年9月29日に行われた上海自由貿易試験区の除幕式に李の姿がなかったことだ。同試験区はリコノミクスのなかにあって最重要の改革モデルで、首相就任前から手塩にかけて育ててきた。旧来の社会主義的な規制が残る金融や貿易の弊害を取り除き、金利の自由化や人民元・外国通貨兌換の制限撤廃、一部の関税障壁の除去や手続の大幅な緩和など、欧米や日本など先進的な経済システムへの移行を盛り込んでいる。

首相である李は当然姿を見せ、持論の“改革節”をぶち上げて当然だが、何の前触れもなく欠席した。代わりに、中国政府を代表して出席したのは格下で、党政治局員でもない高虎城・商務相だった。参加した外国企業のみならず、中国企業の幹部まで肩すかしを食らい、戸惑いを浮かべた怪訝な表情を隠し得なかった。

「改革の断行で、最高指導部内は一枚岩ではないようだ」との上海市幹部の失望した声が会場内に漏れた。

それはなぜか。李首相主導の経済改革の標的は、それぞれの業界ごとに利潤を独占している大手国有企業や中国人民解放軍系列の企業、さらに太子党勢力がトップを占める大手民営企業など習の政治基盤の切り崩しだからだ。これらは、いわゆる既得権益層だ。

リコノミクスによって、民営化が進み、自由主義経済システムが広範に導入されれば、国有企業主体の現在の金融・経済システムは崩壊しかねず、既得権益層は立ち直れないほどの打撃を受け、大きな混乱を引き起こすことは必定だ。この結果、習近平指導部態勢も弱体化し、李ら共青団閥が息を吹き返し、習の足下を脅かすことになることを強く警戒しているというのだ。

「このため、最近ではリコノミクスという言葉すら聞かれなくなった。習主席が李首相のような急進的な改革を実行することは現状では不可能だからだ」(同筋)。

しかし、シャドーバンキング問題の解決は、ソロス氏も指摘するように愁眉の急だ。これは李が主張するように、国有銀行中心の金融システムを民営銀行に開放するとの改革が不可欠だが、習は中国の今後5年間の経済政策を討議した昨年11月の3中総会で、今年の主要経済方針について「穏中急進」の4文字を提示した。「一定の成長を保持しつつ、旧弊を打ち破って構造改革を進めていく」というものだが、このなかで「公有制を主体にして、非公有制の経済発展を支援する」と宣言し、李が主張するような大胆な改革の断行は見送られた。

このため、市場が期待する積極的な内容が盛り込まれなかったことが嫌気され、中国本土市場、香港市場ともに株価は大きく下げる結果を招いた。

これではシャドーバンキングの抜本的な解決は不可能に近い。巨額な債務を解消にするには膨大な額の予算が必要だが、これを調達する力は財政赤字を計上している中国政府にはない。

「あるとすれば、3兆5000億ドル(350兆円)もの外貨準備高を取り崩すこと」と米国の金融関係者は懸念する。つまり、端的に言えば、中国政府が保有する1兆3000億ドル(約130兆円)の存在だ。これが現実化すれば、米国の債券市場は暴落し、世界的に金融市場が大混乱に陥ることが考えられる。

「そうなれば、日本への影響は甚大だ」(同関係者)。ドルが急落すれば、円高が進行し、昨年来、ようやく息を吹き返したように見える日本経済は、再び輸出が低迷しかつての「失われた10年」に逆戻りする可能性も出てくる。習が経済政策を失敗すれば、日本にとって、とんでもない最悪のシナリオが待っているのは必定だ。