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異常な条件下で行われたクリミヤ住民投票(大貫 康雄)

ウクライナのクリミヤ自治共和国で、ロシアへの編入を求める住民投票が16日に強行され、投票率83%以上、賛成97%以上にのぼったという。

欧米諸国は、新たにロシアとクリミヤの要人の資産凍結と旅行制限を実施する制裁措置を決めた。

欧米とロシア間の厳しい対立に発展したこの展開は、ロシアの武力による脅しと威嚇、それとメディアによる扇動工作、その積み重ねを抜きには考えられない。

ウクライナ暫定政権内の右翼・民族主義者による強硬姿勢が、圧倒的過半数を占めるクリミヤのロシア系住民を刺激したのは確かだ。

●実際にロシア系住民への暴力事件は起きていないが、ロシアのプーチン大統領は「ロシア系住民を守る」義務(と権利)を主張。この状況を利用して武装勢力を動員、銃撃戦もなくクリミヤを簡単に制圧した。

“ロシア軍事介入”との批判に当初は、「ロシア軍制服と似た制服は市場で簡単に買える」とか「武装勢力は市民自警団だ」などと弁明。その舌も乾かぬうちに、軍用機や戦車、装甲車を大量動員。とても「自警団」などではないことがわかる。

●同時並行して“武装集団がクリミヤのウクライナ軍の駐屯地を閉鎖”。また、クリミヤ自治共和国の首都シンフェノポリ(Simferopoli)では、ロシア系強硬派が庁舎や議会に突入し、ロシアの旗を掲げて占拠する。

ロシア黒海艦隊の母港セヴァストポリは、さらにロシアの強い影響下にあり、元アフガン帰還兵士などロシア系住民が市庁舎を包囲、中央政府に任命された市長が解任される。そして、ロシア軍によるクリミヤ空軍基地の閉鎖も進む。クリミヤの空港はモスクワ便だけが運行され、ロシア軍が警備している。

ロシア人集団が、ロシア国旗を振りながら示威行進、町にはロシアの旗が溢れる。

OSCE(全欧州安全保障協力機構)の監視団がクリミヤに入ろうとするのを武装勢力が阻止。国連特使はロシア系の集団に取り囲まれ、追い出される形でクリミヤを脱出。 身元不明の集団が、人々に身分証明書を要求するなど公然と警察行為をするようになる。

放送局が包囲され、間もなくウクライナ語放送がロシア語放送に取って代わられ、ロシア国内からの放送が流される。当然、暫定政権の動きは報じられず、ロシアの目を通した情報だけが流される。投票所の設置や投票用紙の準備など住民投票への動きが重点的に報じられる。

また、ロシア議会では編入手続きに関する規定(法律)の簡素化を審議するとロシアの前向きの動きが報じられる。

(自分たちがやりたいことをするのに都合の悪い面は報道させず、都合の悪い法手続きを変えようとするのは、国民投票法や憲法96条を変えようとする安倍政権を思わせる)

●クリミヤの少数民族タタール人たちによる住民投票反対の声は、まったく報じられない。タタール人の子どもは学校でいじめられ、疎外される例が起きるようになった。何人かのタタール人家族は、クリミヤが危険になったと西部に逃れる。

タタール人の居住地域には投票所も設置されない。投票用紙ももちろん配られない。

投票当日は、いたる所に武装集団が展開し、ロシアへの併合に反対するのが難しい雰囲気が作られる。投票箱は全面ガラスばり。投票用紙を折って隠すこともできない。

●今回、住民投票を主張してきたクリミヤ自治共和国のアクショーノフ(Sergey Aksyonov)首相は、過去に脅しやゆすりで金銭を奪う粗暴な集団の一員だったと何度も指摘、告発されている。

その彼がクリミヤの政治に登場するのは2009年。自治共和国首相選出の際は自分で組織した自警団の団員たちを議会内に送りこんでいる。ヒトラーが全権委任法を可決させた時と同じ手法だ。こうした彼の過去がクリミヤでは一切報じられない。

(偶然なのだろうが、ヤヌコービッチ前ウクライナ大統領とアクショーノフ自治共和国首相というプーチン大統領と関係が強いふたりの人物は、なぜか疑惑に満ちている)

●圧倒的に高い投票率と圧倒的に高い“ロシア編入支持”の投票結果は以上のような条件で可能となったと言える。

ロシアによる武力とメディア工作は今、クリミヤだけに留まらない懸念すべき問題を作り出している。

ロシア国民、ウクライナ東部のロシア人の間に、プーチン大統領の予想さえ超えるロシア民族主義が高揚しているのだ。ウクライナ東部の都市ドネツク、ハリキウなどでロシア系住民がウクライナと同じように州庁舎などに押し掛け、ロシア国旗を掲げるなど。行動が過激になっている。

またモスクワの大型バスから降り立った集団が、ロシア国旗を振ったりする光景も確認されている。こうした集団に治安部隊も押され気味な時が何度も起きている。

これがどう収束するかは予断を許さない。

【DNBオリジナル】

[caption id="attachment_19823" align="alignnone" width="620"] クリミア自治共和国・ヤルタ[/caption]

Vue de Yalta. Photo par Traroth sous GFDL.