ウクライナ政変の陰でおきている少数民族の悲劇(大貫 康雄)
ウクライナの政変で、ロシアのプーチン大統領は、ロシア北海艦隊の基地がありロシア系住民が多数派を占める南部クリミヤに武力勢力を送りこみ、簡単に制圧した。クリミヤのウクライナからの分離(独立かロシア併合か、彼の真意は現時点で不明)を強行しようとしている。
このウクライナとロシアの対立の陰で、ひとつの少数民族クリミヤ・タタール人への圧力が強まり、故郷を逃げ出す人たちが増えている。これは人道上、見逃すことはできない。
戦争の犠牲になるのはいつも女性、子ども、老人、そして少数民族など弱者で、クリミヤでもその悲劇が始まっているからだ。
一連の政変劇で、首都キエフでの前政権への抗議集会を銃撃したのは、当初前政権側だったと見られていた。その後、現場救急医療関係者などの証言やビデオ映像から、最初に発砲、挑発したのはウクライナの右派民族主義武装集団の方で、過剰反撃したのが前政権側の特殊部隊だったことがわかる。
筆者が調べた限り、西側では国営テレビ「フランス2」が最初に具体的に報じたようだ。EUとヨーロッパ各国は、暫定政権に右翼・民族主義者の影響が強いこと、政治腐敗の体質改善に悲観的な分析をしており、暫定政権を支持する熱意があまり見られない。また暫定政権がウクライナ語以外の使用禁止、ロシア語排除を一方的に決めたことが、ロシア系住民の反発を招き、EUも眉をひそめた。
(アメリカ国務省がウクライナの右翼・民族主義者と関係があり、また暫定政権首相の人選もアメリカの影が言われている。暫定政権を巡って、EUとの間に溝があるのも事実で、ウクライナ情勢は単純ではない。
一方で米欧の対応の差の背景で、「ヨーロッパ、特にドイツはロシアの石油・天然ガスへの依存度が高いため強い態度を取れない」という報道が多いが、筆者の見方は違う。「ヨーロッパのエネルギー市場を失いかねず、あわてているのはむしろロシアである」と見ている。
ロシアが日本や中国、韓国への天然ガスの売り込みに躍起になっているのは、そんな背景があるはずだ。ドイツのZDFは「ドイツとロシアの関係は経済関係でも50対50、優劣関係はない」と報じている)
プーチン大統領は、暫定政権(一部の過激な勢力)の措置を利用するかのように「ウクライナの過激な民族主義者のロシア国民(ロシア系住民)への攻撃の恐れ」などと繰り返し、「ロシア国民の保護」を理由に武装集団を送りこんだ。
クリミヤでの展開をみると、プーチン大統領の真意が透けて見える。
ロシア系住民はロシア武装集団に守られ、あおられるように地元議会や地元政府の建物を包囲し、占拠、封鎖した。
3月16日には、クリミヤからの分離・ロシアへの帰属を求める住民投票をすると一方的に決める。
ロシア系住民以外の人はパスポートが奪われたりしている。投票できないようにするためだ。
ウクライナの放送局を閉鎖し、ロシアの放送が流されるようになった。
何故こんなことをするのか? ロシア併合に反対しているのはロシア系住民にも多い。プーチン体制下の自由のないロシアには併合されたくないというのが本音だ。
自分に都合のよい議決を実現するために、都合のよい雰囲気を作って無言の圧力をかける。そのために“武装集団の圧力を利用して選挙や議決”をする。
これはヒトラーが全権委任法を成立させ独裁体制を確立した時とやり方がそっくりだ。1933年、大統領の指名でヒトラーは首相の座に就いたが、少数与党政権だった。そこでナチス親衛隊は、ドイツ議会周辺と内部廊下に大勢の隊員らを動員し、保守派や中間派政党の議員たちに無言の圧力をかけて全権委任法を強行成立させた。
いくら暫定政権に右翼・民族主義者の影響が強いといっても、プーチン氏が言うような“ロシア系住民への攻撃”は起きていない。むしろその逆だ。
今、プーチン大統領がクリミヤでやろうとしているのは、ナチスと同じやり方だ。「ウクライナの右派民族主義者からの攻撃からロシア国民を守る」とって言っても、“横暴なのはほとんどロシア系住民”だ。とても自由で民主的な選挙が出来るとは言えない。
プーチン大統領の強行策に欧米とも反対し批判しているのは確かだ。
このウクライナ暫定政権とロシアの対立の中、プーチン大統領の強硬策の被害を受けているのが少数民族、というか先住民族のクリミヤ・タタール人だ。
クリミヤ・タタール人は18世紀後半、ロシア帝国の侵略によって支配下に置かれて以来、“ロシアに対し常に敗者、犠牲になってきた”、と3月初めドイツのZDFが報じている。
支配者となったロシア人やウクライナ人の移住が続き、クリミヤタのタタール人は19世紀初め、自分たちの祖国で少数民族に転落する。1917年ロシア革命が起こると、1921年に「クリミヤ共和国」設立を宣言するが、ソビエト政権によって拒否され、「自治共和国」の地位に甘んじることを余儀なくされた。
中でも第二次大戦中に襲った悲劇が今のクリミヤ情勢の基になっている。
多くが赤軍に徴用された上、44年には“対独協力の濡れ衣”を着せられ、スターリンによって全住民が中央アジアに強制移住させられる。まさに根こそぎ移住である。この強制移住の過程で多くの人たちが命を落としている。
スターリンの死後、1967年に追放措置が解除され、クリミヤ・タタール人の帰還運動が始まった。現在、中央アジアには15万人が住み、クリミヤに帰還したタタール人は25万人、クリミヤの人口250万人余りの1割に達している。しかし、帰還元住民の生活基盤の整備や政治参加が進まないことが問題になっていた。
それが今回、元々侵略者の子孫であるロシア系住民の民族意識があおられ、クリミヤ・タタール人への乱暴や攻撃が繰り返されるようになった。
一部、クリミヤ・タタール人の女性たちの抗議デモが世界に報じられたが、暴力や攻撃が増えるに応じ、先祖代々の地を離れ西部に逃れるクリミヤ・タタール人が増えている。
プーチン大統領はそこまで意図したのではないと信じたいが、スターリンによる強制移住の悲劇を繰り返さないためにも、国際機関は早めにクリミヤ・タタール人の人権の擁護を訴え行動すべきだろう。
大国が少数民族の住む地域を一方的に侵略・自国領に編入して、偏見に満ちた政策を推進。その地の少数民族が侵略者の支配下に忍従を強いられているが、国際機関も各国も通商上の損得を勘案してか、大国の人権侵害に対しては中々はっきりモノを言えないのが現実だ。そんな例はアジアの大国にも厳然として見られる。
【DNBオリジナル】
photo:Presidential Press and Information Office
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