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3.11のあの夜、東京に響いた奇跡の音楽 〜指揮者 ダニエル・ハーディング インタビュー〜(高橋 彩子)

2011年3月11日。東日本大震災の衝撃と混乱の渦中にある東京で、ひとつのコンサートが敢行されたことをご存知だろうか。国際的に活躍する英国人指揮者ダニエル・ハーディングと新日本フィルハーモニー交響楽団による演奏会だ。この演奏会に実際に駆けつけた筆者が、震災直後から今に至るまで日本に寄り添い続けるハーディングに訊いた、あの日のこと、日本への思い。 2011年6月の「チャリティーコンサート」より
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純粋に音楽に浸った、特別な一夜

「なんとも言いようのない体験でした」と、ハーディングは3年前の3.11のことを振り返る。 この日は、当時35歳の彼が、新日本フィルハーモニー交響楽団(以下、新日本フィル)のミュージックパートナー「Music Partner of NJP」就任のお披露目として、『パルジファル』より第1幕への前奏曲と、マーラーの交響曲第5番を演奏することになっていた 地震が起きたのは14時46分。演奏会開始予定は19時15分。交通機関は麻痺し、誰もが中止を覚悟したが、新日本フィルは払い戻しを発表しながらも実施を決めた。 「演奏するべきだと言う人もいればやるべきではないと言う人もいて、誰もがどうしたらいいか分からない状況でした。私はただ、新日本フィルのどんな決断にも従う、と伝えたのです。今にして思えば、余震が続く中、よく90分間、中断なく演奏できたなと思います。オーケストラにとっても私にとっても演奏こそが、ずっと続けてきたものであり、その時できることだった。だから可能だったのでしょう」 この日のチケットは完売だったが、夜になっても依然として交通機関がストップしていたため、開演に間に合った聴衆は、時間に余裕を見て出かけ、徒歩などで辿り着いた数十人。かくいう筆者も自転車を1時間半走らせたが、会場に到着した時には既に『パルジファル』が終わろうとしており、初めから聴くことができたのはマーラーだった。最終的な来場数は、舞台上のオーケストラとほとんど変わらない100人程度だったようだ。 「どうやって演奏したのか、もはやきちんと思い出すことはできません。とにかくものすごく集中していて、来場数が多いか少ないかは問題ではありませんでした。聴衆にとっても、純粋に音楽に浸ることができる時間だったと思います。演奏会に行くと、どうしても過去に聴いた録音や演奏会に比べてテンポが遅かったとか速かったとか、そういう比較をし、何らかの判定を下しますよね。けれどもあの日はそうしたことを超越していました」 終演後の会場では飲み物が配られ、ハーディングは、来場者全員と記念撮影し、サイン会も開いた。また、帰宅困難者のために、ホールは宿として提供された。津波や原発事故についての情報もまだ十分ではなかった時、漠然たる不安を抱えながら集まった人間一人一人を、この演奏会は温かく包み込んだのだ。

私達は同じ地球に生きている

1999年、24歳でモーツァルトのオペラ『ドン・ジョヴァンニ』(ピーター・ブルック演出)の指揮者として初来日したハーディング。以来、来日を重ねているが、日本が地震国である事実を、片時も忘れたことはないと語る。 「15年前の初来日以来、地震が起きたらどこに避難しようか、と常に考えていました。そんな私にとって、日本の皆さんが日頃から避難訓練をし、建物も耐震構造にしているにもかかわらず、地震に際して『有り得ないことが起きた』といった反応を見せたのは、ちょっと意外でしたね。あの日も私より、車に同乗していた日本人マネージャーのほうがショックを受けていました」 初めて体験する大きな地震が東日本大震災だったというハーディングはしかし、この大惨事の「当事者性」については言葉を選ぶ。 「確かに東京も大きな揺れがあり、皆が怖い思いをしました。でも、本当に厳しい目に遭ったのは、東北の人達ですよね。現代では世界中が、テレビやインターネットによって様々な体験を共有できるので、その意味では震災に対して接点を持っていますが、自分自身は『すごい体験をした』と言える立場にいないと考えるのです」 震災後、海外の芸術家の多くが来日を取り止める中、ハーディングは三ヶ月後の6月を皮切りに幾度となく来日し、チャリティーコンサートを含め数多くの演奏会でタクトを振った。こちらが、熱演への興奮冷めやらぬまま、休憩時あるいは終演後にロビーに出ると必ず、彼が聴衆より先に、募金箱を持って立っていたのも忘れ難い。 「ある地質学の本を読んで、印象的だった記述があります。それは、“地球という惑星が生きているからこそ、マグマがあり火山があり地震があるということ。そうでなければ、地球は死滅してしまう。この地球上に生活し、自然の恩恵を受ける以上、我々はそれらを受け入れなければならない”といった内容でした。日本の皆さんは地震国に生きていて大惨事を経験された一方、私が生まれた土地では地震は一切ないし、イギリス全体の歴史からしても小さい地震が3回あった程度。しかし、皆一つの地球に存在していて、自然のメカニズムの一部としてつながっているのだから、感謝すべきだし、日本は危険だから行かないと言うのはおかしいのではないでしょうか」 ロビーで被災地への義援金を呼びかけるハーディング

社会と芸術の未来に向けて

東日本大震災がもたらした被害について、ここで記すことは到底出来ない。ただ震災直後、芸術の執筆に携わる者として胸を痛めたことがある。 それは、芸術を楽しむことを不謹慎だとする空気が支配的となり、電力など物理的な問題とは違うところで、多くの団体が公演中止を余儀なくされ、交通機関が復旧しても、かなり長期的に払い戻しを続けたことだ。やむを得ないこととはいえ、公演のために身を削るような努力を重ね、準備をしてきた芸術家の表現の場と、その対価が、奪われるのは見るにしのびなかった。 混乱の中での決断だったとはいえ、あの日、新日本フィルが演奏を行ったことに対する批判は少なくなかっただろうし、演奏会に行ったことを他の人に言えなかった聴衆もいたことだろう。改めて、社会が危機や混乱にある時の芸術の価値について、ハーディングの意見を訊いた。 「あらゆる芸術は、人々が自分の感情や状況を理解する助けになります。そしてまた、自分が一人ではないということを、再認識させてくれます。これらはとても重要なことなのではないでしょうか。つまり芸術とは、その場限りのエンタテインメントというくくりには収まりきらない豊かなものを与えてくれるはずなのです」 全世界的に、手軽に楽しめる娯楽が増え、若者のクラシック離れも危惧されているが、この辺りについてはどう考えているのだろうか。 「そうした危惧は今に始まったことではないと思います。私達は昔の人が全員、知的なチャレンジを好んだようなイメージを持ちがちですが、実際には違うでしょう。昔も今も、クラシックのような複雑な芸術では、投資し忍耐を重ねなければ、多くを得ることができません。昔は今より良かったのに、と言うことは簡単ですよね。ウディ・アレンの映画『ミッドナイト・イン・パリ』に、『昔のパリは花の都だったに違いない』と考えた登場人物が1920年代にタイムスリップすると、錚々たる芸術家が『昔は良かった』と言っていて、さらに19世紀末にタイムスリップしてもやっぱり同じことを言う、というエピソードがあります。私は過去よりも未来が素晴らしいことを信じたいですね」 クラシックでは、ひとつの曲でも、新しい解釈や奏者が誕生・再発見され、常に新鮮な感動をもたらしてくれる。一般的にイメージされているような、古色蒼然たる世界ではないのだ。特にハーディングの指揮は聴き手に「この曲はこういう構造になっていたのか」「こんなところにこんな旋律が隠れていたのか」といった発見をさせてくれる。 「同じ作品をやるにしても、例えば15年前と今とでは、取り組むこちらの脳が変わっています。楽譜とは、指示が書かれた、いわば“sign language(記号による言語)”ですが、より洗練された読み方、深い洞察を加えることで、曲の後ろにあるものが立ち現れて来るのです。その作業によって、以前より良い演奏を目指しています」 新日本フィルとのMusic Partner of NJPとしてのパートナーシップが大震災から始まったことについて、「good sign(いい兆候)だった」と微笑む。現在までの両者の充実した協同作業を考えれば、この言葉に偽りはないだろう。 そんな彼らは今年5〜6月、ブラームスの名曲を、<All Brahms> と銘打ち、3回に分けて演奏する。ロマンティックな作風と言われる19世紀ドイツの作曲家の音楽に、ハーディングと新日本フィルが吹き込む現代の息吹を、ぜひ体感したい。 -------------------------------------------------------------------- インタビューにて ダニエル・ハーディング(Daniel Harding) 1975年、イギリス生まれ。94年にバーミンガム市交響楽団を指揮してプロ・デビュー。96年にはベルリン・フィルとのデビューを飾り、ロンドンのBBCプロムスに史上最年少指揮者として登場し、世界各地のオーケストラの首席指揮者や音楽監督を歴任。現在は、スウェーデン放送交響楽団の音楽監督、ロンドン交響楽団首席客演指揮者、軽井沢大賀ホールの芸術監督を務める。ウィーン・フィル、ベルリン・フィル、ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団、バイエルン放送響、ミラノ・スカラ座、ニューヨーク・フィルなどに定期的に出演。新日本フィルとは07年に初共演し、2010/2011シーズンにMusic Partner  of NJPに就任し、毎シーズン4プログラム6公演を指揮している。 -------------------------------------------------------------------- 【公演情報】 <All Brahms vol.1> ●2014年5月2日(金)19:15開演 会場:サントリーホール http://www.njp.or.jp/archives/10179 <All Brahms vol.2> ●2014年6月20日(金)19:15開演・21日(土)14:00開演 会場:すみだトリフォニーホール http://www.njp.or.jp/archives/10109 <All Brahms vol.3> ●2014年6月29日(日)14:00開演 会場:サントリーホール http://www.njp.or.jp/archives/10184 新日本フィル・チケットボックス Tel. 03-5610-3815 -------------------------------------------------------------------- 2011年6月の「チャリティーコンサート」より
(c)K.MIURA 2011年6月の「チャリティーコンサート」より
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