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EU・ロシアの代理戦争!? ウクライナ分裂の危機(大貫 康雄)

ロシア寄りで、強権政治を強めていたウクライナのヤヌコービッチ(Viktor Yanukovych)政権が、冬季オリンピック期間中に崩壊した。ヤヌコービッチ(前)大統領は、キエフ(Kyiv・ウクライナ語ではキイーウ)から逃亡。大勢の市民を殺害した容疑で暫定政権が逮捕状を出し、現在、指名手配されている。

今回の急展開は、ウクライナ市民の政治の浄化と民主化を求める不屈の闘志と決意が実現させたものだ。同時にロシア・プーチン大統領の影響力と、民意無視の非民主的強権政治の限界が明かになり、EUの影響力が高まったことを示している。

一方で、ウクライナ語を話しEUを向く西部・中部と、ロシア語を話し経済面でもロシアと密接な東部・南部の地域対立は解消しない。ロシアはクリミヤのセヴァストポリ(Sevastopol)に海軍基地を持ち、是が非でもこれを維持したい。最悪の場合ウクライナが分裂する恐れもある。

本来、豊かな穀倉地帯を抱え、天然資源も豊富なウクライナだが、経済は今や破産状態だ。経済再建の先行きも不明である。

EU加盟の条件である民主化の推進と、汚職政治の払しょくもどこまで進むか予断を許さない。

今回の政変は、日本のマスコミも報じているので簡単に触れる。

繰り返しになるが、一連の展開で印象に残ったのは、ウクライナの人々の不退転の決意と、その意志の強さだった。弾圧が厳しさを増すのに相応し、抗議デモへの参加者が増えた。

『ZDF』が伝えた、抗議デモ参加の中高年女性の決意をここに記す。

「ウソを突いて国民を騙してきた政権をこれ以上勝手にさせておくわけにはいかない!」「若者たちが命がけで抗議デモをしているのを見捨てるわけにはいかない!」「国民を弾圧した大統領は裁判に欠けるべきだ」……。

今回の政変は昨年11月、ウクライナ政府がEUとの連合協定で合意し、それを署名直前にロシア・プーチン大統領の働きかけを受けてヤヌコービッチ大統領が中止させたこと。民意を無視し、国民の怒りを招いたのがきっかけだった。プーチン大統領としては、150億ドルという巨額の救済資金やガス価格の安値提供(3分の1)で、ウクライナをロシア寄りに維持できると考えた。

以来、首都キエフの独立広場やヨーロッパ広場で、厳しい寒さの中、反政権の市民が抗議デモを続けるようになった。警察・治安部隊の弾圧があると逆に参加者が増え、過激になった。抗議デモ集会に集まった人の中には、武装集団も現れた。しかし、冬季オリンピックの最中であり、治安部隊の無差別銃撃で死者が80人以上になったことで、世界各国からの非難が集中した。

そこで、EUは経済制裁を表明し、ドイツ、フランス、ポーランドのEU加盟3カ国とロシアの外相がキエフ入りし、調停にあたった。対立回避で暫定合意したが、ロシアが拒否。政権側も最後通牒をつきつける。

そのため、ポーランドとドイツの外相が再度仲介(ポーランドのシコルスキRadek Sikorski外相は、「このままでは貴方たちは間もなく全員死ぬ」と政権側代表から警告があったことを述べている)。

最悪の事態が避けられた途端、事態は急展開する。議会が大統領の解任を決議し3カ月以内の大統領選挙実施野党の議会議長が暫定大統領代行に就任と矢継ぎ早に決定された。

そこでヤヌコービッチ大統領は、キエフからヘリコプターで逃走。一度、クリミヤに姿を現すが、また別の地域に異動した。この間に、暫定政権は大統領と側近らに対し、少なくとも82人の市民殺害に関与したとして逮捕状を出し、指名手配となる。ヤヌコービッチ大統領は、東部ドネツク(Donetsk)からロシア入りを試みるが、書類不備により出国できず。

地盤である東部の中心都市ハリコフ(Kharkiv・ウクライナ語ではハリキウ)でビデオ・メッセージを出し、自己の政権の正統性を主張したが、側近だった現地知事が逃走。その後、ヤヌコービッチ大統領の消息は途絶えている。

ウクライナは、91年に当時のソビエト連邦から独立するが、その後も旧共産党幹部が大統領に就任していた。

そこで、民主化を求める市民が2004年の大統領選挙で、ヤヌコービッチ候補(当時のクチマ大統領下で首相)陣営の不正選挙を批判し、政権交代「オレンジ革命」を実現。しかし、政権交代の主役たちが内紛を繰り返し、国民に飽きられる(この推移は日本の政権交代に相似している)。そんな状況の中でヤヌコービッチ氏が2010年大統領に就任すると、一方的に憲法を改正し、大統領権限を独裁型に強化。事実上、旧体制に戻して強権政治を進めた。

最大の政敵ティモシェンコ元首相をロシアからのガスを高値で輸入するなど権限を乱用したという容疑をデッチあげて逮捕、収監した(プーチン大統領でさえ、ティモシェンコTymoshenko首相は厳しい交渉相手だったと言っているのに)。裁判・司法は政権の弾圧機関と化し、賄賂政治と側近を重用したお友達人事を進めた(立ち遅れた鉄鋼業などにこだわり、貧富の差だけ拡大)。

一方で、国民を仰天させたのがキエフ郊外にある広大な庭園の中にある大統領宮殿だ。黄金のシャンデリアや豪華な寝室や居間、サウナやスポーツジムがあり、大統領宮殿内には小さな動物園まである。

国民一人当たりの年間平均所得はわずか7300ドル。EU加盟後順調に経済が発展した隣のポーランドは国民一人当たりの年間平均所得が2万2000ドル。

国民が貧困に苦しむ中で作った豪華な大統領宮殿に押し入った国民は、初めて独裁者の私生活の一端を見て驚愕、壮大な無駄遣いに怒りを露わにした。

ヤヌコービッチ政権の弾圧の象徴になったティモシェンコ元首相は、早速、大統領選挙出馬の意向を明らかにしたが、彼女もいくつもの金銭疑惑に包まれている。そんな経歴を知ってか、彼女の釈放直後の演説にも人々の熱狂はなかった

今回の反政権抗議デモを主導したクリチコ(Vitali Klitschko)氏の動向も不明だ。また抗議デモ参加者の一部は武装して過激化し、民族主義者が台頭。ロシア、EUいずれの側にも立たずウクライナ至上主義を掲げている。

国外では、アメリカがロシアの軍事介入を懸念し、牽制。EUはウクライナの統一維持を最優先し、口約束に終わったロシアの提案を上回る200億ドルの支援を表明する。

ドイツのメルケル首相はプーチン・ロシア大統領、そしてオバマ米大統領と相次いで電話会談し、ウクライナの分裂回避では一致した。

ウクライナの安定には、一にも二にも経済の安定と政治の民主化が欠かせない。民族主義者の勢力が増大すればウクライナと地域が一段と不安定になり、ロシアにもEUにとっても最悪の事態になりかねない。

ウクライナを国際社会の中でどう位置付けるかは内外の政治の思惑が絡まる。

【DNBオリジナル】

 

photo:World Economic Forum from Cologny,Switzerland