ウィーン・フィル、NY公演と同時に自己史検証のシンポジウムを開催(大貫 康雄)
一年ほど前、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団がナチス体制下と戦後の自己の歴史の暗部を検証し、公式のウエブサイトで公開したことを紹介した。
そのウィーン・フィルが2月下旬から3月中旬にかけ、アメリカのニューヨークとカリフォルニア各地で演奏旅行を行なう。また、親団体のウィーン国立歌劇場は、ニューヨークでオペラ上演や舞踏会を開催するとともに、美術展やフィルム上映会など、多角的な文化的行事を展開する。
ウィーン・フィルの公式サイトによると、ニューヨークのイベント時には、1860年以来、波乱に満ちたウィーンの歴史を検証するシンポジウムも開催するという。
このシンポジウムには、ウィーン・フィルの委嘱で楽団の暗い歴史を検証した歴史学者のオリヴァー・ラトコルプ(Oliver Ratkholb)氏だけでなく、ヴァイオリン奏者で楽団長でもあるクレメンス・ヘルスベルク(Clemens Hellsberg)氏とウィーン・フィルの親団体ウィーン国立歌劇場の音楽監督フランツ・ヴェルザー=メスト(Franz Welser-Moest)氏もパネリストとして参加し、質疑応答に臨む。
特に1938年から45年までのナチス・ドイツ併合期にあれほどの豊かな文化を発信したウィーンが、なぜユダヤ人追放など残虐行為に走ったのか。そしてなぜ、戦後長期間にわたって加害者としての責任を放置してきたのか。その後、いかにして歴史を直視検証したのか。シンポジウムではニューヨーク各界の人たちの前で、今日に至るまでを検証・公開討論する(ウィーン・フィル団員たちのナチス時代の行状については前出の拙文を参考にしてもらいたい「http://op-ed.jp/archives/7893」)。
ウィーン・フィルは周知のようにオーケストラ団員が自主運営し、演奏会、企画などを行っている。2011年3月11日の東日本大震災後は、被災地を継続的に訪れ、演奏会や音楽教育を行って被災者たちを支援しているのもその一環だ。
今回のようにニューヨーク公演だけでなく、自らの暗い歴史も振り返り、地元の人たちと語り合うのも自らの決断だ。ニューヨークにはドイツ、オーストリアからナチスを逃れた多くのユダヤ人文化人が住み、発言力も強い。ウィーン・フィルは、ナチス時代の被害者たちを避けることなく向き合い話し合う。テレビ局や有力紙が本拠を置き、情報発信が盛んな都市でもあるニューヨーク。ウィーン・フィルは当然これを意識してのことと思われる。
ウィーン・フィルのこれまでの真摯な取り組みと今回の企画については『NY・タイムズ』(2月15~16日付)も長文の好意的な記事を掲載している。また、公演会場のカーネギ-ホールや他のシンポジウム会場の関係者も含め、アメリカ側は好意的だ(逆に自国オーストリアの左派政党には、“まだ不十分である”などの声もある)。
そうした記事の中で、今年のニューイヤー・コンサートの指揮者だったベルリン国立歌劇場の常任指揮者でユダヤ人のダニエル・バレンボイム(Daniel Barenboim)氏の発言が紹介されている。
“責任を認めるのは常に良いことだ。ウィーン・フィルはそれを断行した。過去に残酷な行為があったのはウィーン・フィルやオーストリアだけではない。自分たちの先人たちが犯した残酷な行為は、どこで起きたことであれ誰であれ、いかにして責任を果たすか決断するべきである”(ヘルスベルク楽団長は「ウィーン・フィルがオーストリア文化を代表するオーケストラであればこそ、歴史を直視しその責任を果たす役割を意識した」などと語っている。アメリカ側の反応を見ても、率直に歴史を見つめ、前の世代の行為であっても悪い点は悪いと認めることがいかに力となるかの一例だ。安倍政権の政治家たちにも少しは見習ってもらいたいものだ)
《ウィーン・フィルの公演とオペラ上演以外のニューヨークでの主な行事は以下の通り》
●2月21日(金):ウォルドルフ・アストリア・ホテルにて、ウィーン風舞踏会
●2月24日(月):Parley Centerにて、シリーズのシンポジウム「文化、科学、政治面で創造力あふれる時代/1860~1914」(フランツ・ヴェルザー=メストがパネリスト)
●2月27日(火):Parley Centerにて、シリーズのシンポジウム「厄介な歴史」(クレメンス・ヘルスベルク、オリヴァー・ラトゥコルプがパネリストに)
●2月27日(火):ユダヤセンターにて、1900年から今日までウィーンの芸術文化面の無意識の働きを検証等
●2月28日(水):Parley Centerにて、シリーズのシンポジウム「歴史の教訓。普遍的倫理の追求」世界は道徳上いかに残虐行為を避け、倫理的な行動を促進できるか?
【DNBオリジナル】
photo:Manfred Werner-Tsui