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【対談】「側室が追放されるのは世の習い」2014都知事選(藤本順一&上杉隆)

「脱原発」を主張する小泉純一郎元首相(72)と組んで都知事選に挑んだ細川護煕元首相(76)だったが、110万票以上も差をつけられ舛添要一元厚労相(65)に大惨敗を喫した。告示直前、細川選対で何があったのか?選対立ち上げに携わった上杉隆に藤本順一氏が迫った。

藤本:上杉さんとこんなにも早く再会できるとは思いませんでした(笑い)。細川氏擁立の仕掛け人といわれ、選対入りしたかと思えば、解任され、一体何があったの。

上杉:昨年末、ゴルフ仲間の木内孝胤前衆院議員から相談を受け、細川氏の出馬へ向け、選挙対策本部の立ち上げ準備に協力し、報道・メディアを中心とした戦略をお手伝いすることになりました。

藤本:ところが22日の出馬会見を前に解任されたとか。

上杉:はい。23日の告示後に正式に選対が立ち上がってからは、ネット戦略担当に異動になりましたが、これも2日間だけ。その後、細川氏からは戻ってきてくれといわれましたが、宙ぶらりんのまま27日には、事務局長を務めた馬渡龍治元衆院議員や遊説担当局長の牧義夫元厚生労働副大臣ら立ち上げメンバーの6人全員が解任されました。

藤本:準備室の段階で上杉さんらが選挙戦略の骨組みはつくったが、後から入ってきた細川氏の旧側近や日本新党グループらに全否定されたと。告示後は円より子事務所の金成洋治秘書と細川事務所の白洲智誉氏、細川佳代子夫人や娘らの新選対が選挙戦を仕切ったわけですね。

上杉:解任されたメンバーのひとりがうまい表現をしています。「自分たち6人は細川氏の愛人。愛人のしきたりがあるので遠慮がちに支えていたが、出馬が決まった瞬間に正妻がたくさん出てきて、愛人は全員出て行きなさい」と(笑い)。


藤本:細川家の“大奥”から追放の憂き目に逢ったワケですね。選挙で負け、責任論になる。既に新選対は、自分たちの責任にしたくないから、14日の2ショット表明以降、23日の出馬会見まで表に出さなかったことが致命的だったと吹聴していますね。

上杉:当初は2日おきに出馬会見、公約会見、政策会見、小泉氏とのダブル会見を行う予定でした。ただ会見シミュレーションをしたが、当時の細川氏の答弁が未熟だったため、小泉氏からも告示ギリギリまで出さない方がいいとの判断になっただけの話です。

藤本:この間の世論調査でマスコミは細川憎しでウソを書いていたが、舛添氏とのポイント差は逆転し、リードしていた。ポイントが落ちたのは告示後だったから、上杉さんら旧選対の戦略は正しかった。結局、新選対は、元首相や日本新党党首のプライドが本人以上にあって、挑戦者であることを忘れ、殿様選挙にしてしまった。

上杉:旧選対では、細川氏と小泉氏以外は街宣車には上げずに孤独な首相2人が脱原発のワンイシューだけで戦おうとしていた。無党派を貫くために組織の支援もすべて断っていました。

藤本:それが、新選対は民主党や組合系の支援を受け入れ、細川氏に脱原発以外の政策を語らせ、焦点がぼけてしまった。

上杉:最初に約束したハズの小泉方針が無視されたともいえる。2日には東京電力前での街頭演説を行い、脱原発を旗幟鮮明にするという案も盛り込んでいました。結局、細川新選対の総花的な方針で幻となってしまったようですが…。

藤本:東京電力本社前での街頭演説も小泉氏はヤル気満々だったようだが、新選対は許可を出さなかった。実行していればこれ以上ないインパクトだったのに。

上杉:負けはしたものの小泉氏は今後、脱原発候補を徹底的に応援していくでしょう。細川氏は小泉氏を利用したと思っているかもしれないが、実際は小泉氏に使われた。脱原発の国民運動に向け、大宣伝になったことは間違いありませからね。

藤本:細川氏が掲げた桶狭間の戦いを本当に実践していたのは小泉氏だけだったともいえる。まあ小泉劇場は始まったばかりということだね。

(東京スポーツ特別版より)