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米次期中国大使、中国の防衛識別圏を「容認せず」。米中の対決姿勢強まる(相馬 勝)

中国が昨年11月に防衛識別圏(ADIZ)を設定してから2カ月が経つ。この間、中国人民解放軍によるADIZ内のパトロールが常態化しており、日本の航空自衛隊の戦闘機の緊急発進(スクランブル)が大幅に増加、偶発的な軍事衝突の危険性が危惧されている。このため、米国の次期駐中国大使に指名されたボーカス上院財政委員長は1月28日、上院外交委員会の指名公聴会に出席し、中国のADIZについて「米国は容認せず、さらなる行動を抑止することが重要だ」と指摘するなど、対決姿勢を強めている。

[caption id="attachment_18800" align="alignnone" width="620"] ADIZ内への敵機の侵入を想定した、初の夜間軍事演習の模様(1)/CCTVより[/caption]

中国がADIZを設定してから2カ月が経過した23日、中国空軍の申進科・報道官は「中国空軍は東シナ海防空識別圏で常態化したパトロールを継続し、防空識別圏に対する実効性ある管理・コントロールを強化し、空軍の使命と任務を履行してきた」と前置き。

そのうえで、「中国の東シナ海防空識別圏設定は、国家の航空の安全を保障するために十分な早期警戒の時間を確保するもので、防衛が主眼であり、いかなる特定の国や目標も念頭に置いていない。東シナ海防空識別圏を飛行する航空機に対する中国空軍の識別と調査は防御的措置であり、国際的慣行に沿ったものだ」と従来の主張を繰り返した。さらに、「この2カ月間、中国の東シナ海防空識別圏内における国際便の正常な飛行活動はいかなる影響も受けていない」と説明した。

[caption id="attachment_18801" align="alignnone" width="620"] 中国のADIZ/新華社電より[/caption]

とはいえ、中国側のパトロールの常態化によって、東シナ海上空の空域では日米中の3カ国による軍の緊張状態が高まっているようだ。防衛省によると、昨年10〜12月に日本に接近した中国機に対する航空自衛隊の戦闘機のスクランブルが計138回にも及んだ。中国がADIZを設定する以前の同年7〜9月の発進回数は計80回だったので、約1・7倍と大幅に増加している。

まるで、日米中の3国間の緊張状態を作り出すために、ADIZを設定したかのようだ。それでは、なぜ中国が米国などの国際世論を押し切ってまでADIZを設定したのかを考えてみたい。

まず、確認すべきは中国にとって、ADIZはこれが初めてだということだ。つまり、沖縄県尖閣諸島を含む東シナ海域しか、中国のADIZはない。これは、領土が極めて広い中国にとって、極めて不自然だ。

なぜならば、中国の国境線は合計2万2800キロに達し、4300キロの国境線を接するロシアを含めて16カ国に達するからだ。これは世界各国の中で、中国が最も多い。ちなみに陸続きで国境線を接しているのはロシアのほか、北朝鮮やモンゴル、カザフスタン、キルギス、タジキスタン、アフガニスタン、パキスタン、インド、ネパール、ブータン、ミャンマー、ラオス、ベトナムだ。また黄海や東シナ海を挟んで日本や大韓民国(韓国)とも接している。ギネスブックによると、中国は最も多くの国と国境を接している国である。

さらに、海岸線も約1万8000キロもあり、日本、台湾、韓国、北朝鮮や東南アジア諸国とも海を隔てて接している。

これだけの広大な国なのに、いままでADIZを設置していなかったのが不思議といえば不思議だ。

[caption id="attachment_18802" align="alignnone" width="620"] ADIZ内への敵機の侵入を想定した、初の夜間軍事演習の模様(2)/CCTVより[/caption]

これは、中国の軍隊が陸軍主体だったことが大きな理由の一つだろう。これまで中国にとって軍事的に脅威だったのは旧ソ連で、主に陸からの攻撃を防ぐことが中国の国防の主体だった。

さらに、このほかの大きな理由として、中国が海軍や空軍を整備したのは1990年代からだが、それでも空軍にいたってはほとんど皆無に等しく、ようやく21世紀に入ってから最新式に戦闘機を装備するようになったほどだ。それ以前は、ソ連製のミグが主力で、完全に時代遅れで、現在の北朝鮮とほぼ変わらない状況だった。

このため、中国軍が当時、ADIZを設置したとしても、肝心の空軍力がほとんどないに等しい状況だったため、他の国の戦闘機がADIZ内に入ってきても、ほとんど防ぐ術をもたず、その戦闘力の低さに、逆に笑いものになるだけ。このため、ADIZを設置したくても、設置できなかったというのが実情だったのではないか。

[caption id="attachment_18803" align="alignnone" width="620"] ADIZ内への敵機の侵入を想定した、初の夜間軍事演習の模様(3)/CCTVより[/caption]

ところが、一昨年来、中国側は尖閣諸島を「自国領」と強烈に主張したこともあって、空軍機が頻繁に尖閣諸島周辺に飛来、日本の空自が頻繁にスクランブルをかけたことで、中国の国民にもADIZの存在が広く知られることになり、中国軍も日本への対抗上、中国のADIZを設置せざるを得なくなったという事情がある。

ただ、昨年11月中旬まで中国共産党の重要な会議である党第18期中央委員会第3回総会(3中総会)が開催されていたため、軍トップの習近平主席ら最高指導部が忙しく、設置発表のタイミングが3中総会終了、1週間後の11月22日の夜になったというわけだ。

しかも、設置した2時間後の23日午後には米軍機がADIZを悠々と飛行したにもかかわらず、中国側はスクランブルをかけられなかった。「中国軍は張り子の虎か」と中国の国防省の記者会見で、外人記者が揶揄しても、中国側は反論すらできなかったことから考えると、尖閣問題で、これだけ米軍が前面に出てくることを予想できなかったと言わざるを得ない。

ただ、今後も同じようにスクランブルをかけられない状況を繰り返せば、中国側のメンツ丸つぶれだけに、危険を承知でスクランブルをかけることも考えられ、その際、飛行技術で劣る中国側が偶発的に戦闘状態を引き起こし、どちらかが撃墜されるとの不測の事態は警戒しなければならないだろう。

[caption id="attachment_18804" align="alignnone" width="620"] ADIZ内への敵機の侵入を想定した、初の夜間軍事演習の模様(4)/CCTVより[/caption]

このため、次期駐中国米国大使に指名されているボーカス氏は1月28日に開かれた上院外交委員会の指名公聴会で、沖縄県・尖閣諸島をめぐる日中の争いや南シナ海の領有権問題への対処方針として「海洋に関する国際法や規範を順守するよう中国に促す」と表明。そのうえで、中国が東シナ海に設定した防空識別圏について「米国が容認せず、さらなる行動を抑止することが重要だ」と指摘。中国の指導者に対して「普遍的な人権、少数民族や宗教的な少数派を含む全ての国民の自由を守るよう求める」とも強調した。

ボーカス氏はタカ派で、厳しい対中姿勢で知られるだけに、中国にとっては手強い相手になりそうで、ADIZ問題に関わらず、人権・少数民族問題などで中国指導部と対決姿勢を強めることが予想される。逆に、中国は米国債の最大の保有国であることもあってか、中国に対して弱腰の姿勢が目立つオバマ政権だが、ボーカス氏の登場で日本の安部政権にとっては心強い援軍となる可能性もある。ボーカス氏の今後の言動は東アジア情勢に大きな影響を与えると見られるだけに、注目に値しよう。

【NBDオリジナル】