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インタビュー:「9.11」「3.11」を経て、タップの響きに想いを乗せる熊谷和徳(高橋 彩子)

19歳でNYに渡って研鑽を積み、帰国後も、国内外で目覚ましい活躍を続ける一流タップダンサー、熊谷和徳(36)。9.11も3.11も経験したアーティストが、再びのNY留学を経て辿り着く場所とは――?

[caption id="attachment_17910" align="alignnone" width="620"] 2012年9月の赤坂BRITZ公演『TAP IS MY LiFE』より
©Maiko Miyagawa[/caption]

 

第二の故郷であるNYで

熊谷和徳のタップは、さながら抒情詩だ。彼が足を踏み鳴らすだけで、そこには情景が浮かび上がり、色や匂いすら感じられる。「タップは想いを伝えるアート。可能性が無限にあると思います」と自身も語る通り、その音は繊細に、雄弁に、感情を伝えてくれるのだ。

2011年の「X'mas Dream of TAP」では、東日本大震災の被災地への祈りのようなものを深く刻んだのが印象的だった。仙台にある実家も被災した熊谷。震災後はいち早くタップ教室を再開し、被災地でのワークショップやチャリティ・イベントも積極的に行ってきた。

彼は実は、9.11もNY現地で経験している。

「9.11の時は、目の前であんなことが起きて、皆、手をつないで平和へと進んでいくのかと思ったのに、報復という方向に政治が向かっていった。ショックだったし、そういう時のアートの役割を、初めて深く意識しました。だから3.11のあとも、なんとなく心の準備ができて、自分に何ができるか、すごく考えましたね。今でも答えは出ていませんが、混沌とした状況下で次第に、支援活動がアーティストとしての活動より、自分の中で大きくなっていくのを感じて。自分の内面を見つめ直す時間がどうしても必要で、そうすることが、いずれは故郷のためにもなると考えるようになったんです」

こうして2012年秋、彼は文化庁の「新進芸術家海外研修制度」で、妻でミュージシャンのカヒミ・カリィと、当時2歳の娘を伴い、第二の故郷とも言うべきNYへ。アメリカン・タップダンス・ファンデーション(ATDF)を拠点に、タップフェスティバルをはじめ様々なイベントに出演するほか、講師としても活動した。

「自分としては学ぶつもりで行ったのですが、僕のキャリアを考えたATDFから『教えるほうをやってほしい』と言われ、“教える立場から学ぶ”というかたちに切り替えて。NY自体、世代交代が進む中で、僕がかつて滞在したころとは、タップを巡る価値観がかなり変わっていました。だから僕は、タップに対して自分が信じている“想い”を、ゼロからみんなに伝えていく必要があった。そのために、レッスンやパフォーマンスだけでなく、例えば皆が語り合うトークセッションなども企画しました。僕はアメリカ人ではないので難しい部分もあったのですが、ステップだけではなく、タップにまつわる様々なことを、国籍を問わず伝えていくのが、タップ界のレジェンドたちに人生を教わった自分達の使命だと考えて、取り組みました」

[caption id="attachment_17911" align="alignnone" width="620"] 熊谷和徳(くまがい かずのり)
© Maiko Miyagawa[/caption]

変わらないタップの魅力を伝えたい

NYで使命感を新たにし、タップの魂を伝えるべく尽力した熊谷。その帰国第一弾公演『DANCE TO THE ONE ~A Tap Dancer’s Journey~』が、2014年1月に実現する。

「明確なストーリーがあるわけではないんですけど、僕が19歳でNYに行って、東京に戻って来て、震災があって、NYに行って、今に至るまでの“心の旅”を、感じてもらえたらと思っています。この1年間、見て来たものが僕と一番近い存在であり、尊敬するアーティストでもあるカヒミ・カリィが、映像のアートディレクションに参加してくれます」

今回は、NYで活躍するアーティストたちを引き連れての公演だ。

「バックグラウンドもジャンルも違うアーティストが参加しています。僕が10数年前に出会った人もいれば、最近知り合った人もいるのですが、共通するのは、一緒に音を出した時、説明が要らないところ。アレックス・ブレイクというベーシストは巨匠ですが、スピリッツの塊みたいな人。僕の娘は彼を初めて見た時、『あの人、神様なの?』って。特別なものを持っているんだと思います。ミシェル・ドーランスは表現もユニークで、今のタップシーンでは世界のトップレベルにいるタップダンサー。僕とはソウルメイトみたいな間柄です。みんな話す言葉や文化は違うけれど、音楽で想いを表現する、同じ共通言語であるリズムを持っている人達ですね」

公演会場はBunkamuraオーチャードホール。キャパ2000席超えの大ホールは、タップの会場としては、異色と言える規模だろう。

「今まで、色々なところでやってきました。ストリートもあれば、小さなジャズクラブも、武道館のような大ホールもあって。場所が変わっても、自分の意識はあまり変わりません。ただ、その場にしかない響きや、そこでしか感じられないものはある。オーチャードホールのようなクラシカルな伝統あるホールで、タップの公演をやることの意義は大きいとも思うんですよね。自分にとってもタップにとっても、可能性を拓くものになればと願っています」

最初に述べたように、熊谷のタップは実に雄弁だ。とはいえ、言葉がないが故のもどかしさを、感じる瞬間はないだろうか。

「常に感じています。もしかしたら、タップの本質的な部分は、本当の意味ではまだ多くの人に理解されていないのかもしれません。でも僕としては、多様な観客をリスペクトしていきたいんです。9.11のあと、NYのエンタテインメント・ビジネスのあり方も変わって、表現の方法が分かりやすいものへと向かっていったと感じます。だけどタップには、時代の流れの中での浮き沈みはあっても、常にアンダーカレントというか、波の下に不変のものが流れている。そこがタップというアートの良さだと思うんです。タップは観るだけでなく、リズムという“ストーリー”を聴いてもらうことが大切だと僕は考えます。観客の皆さん一人一人が生きて来た道と、共鳴するような時間になれば嬉しいですね」

【公演情報】

2014年1月17日〜19日 Bunkamura オーチャードホールhttp://www.tbs.co.jp/event/dance_to_the_one/

【関連情報】

チケットぴあニュース「タップダンサー熊谷和徳がNYから凱旋公演」
http://ticket-news.pia.jp/pia/news.do?newsCd=201401070011

[caption id="attachment_17912" align="alignnone" width="620"] © Makoto Ebi[/caption]

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