「1813年展」にみるナポレオン欧州支配の歴史(大貫 康雄)
ドイツでは史実を詳細に検証し、歴史を改めて理解しようとする企画が毎年のようにある。
「1813年展」と聞いてもなじみがない人が多いだろう。1813年は、ヨーロッパではナポレオンのヨーロッパ支配が終焉に向かう分水嶺の年として知られている。
それから200年がたつのを機に、ベルリンのドイツ歴史博物館はライプツィヒでの戦い、いわゆる“諸国民解放戦争”(1813年10月16日~19日)前後のナポレオン支配の期間を振り返り、現代への影響を紹介している。歴史を多角的に検証した視点の新鮮さが印象的だ。
「1813年」展の要点は以下の通り。
●いななく馬に乗るナポレオンの雄々しい姿を描いた“アルプス越えのナポレオン”の絵画を見た人は多いだろう。しかし、この絵は実際を描いたものではない。主に画家ダヴィッド(David)が、実際とはかけ離れた雄姿を描き、新聞などで増幅された。そして、国民の人気を高めていった。ナポレオンは当時のメディアである絵画・新聞・通貨を相当利用している(実際のナポレオンはロバでアルプスを越えている)。
●絵画は記録としても制作され、ライプツィヒの戦い後、ロシア皇帝、オーストリア皇帝、プロイセン国王の3人の前で馬に乗るシュヴァルツェンベルク(Schwarzenberg)侯爵が、ライプツィヒの戦いでの勝利を報告する場面を描いた絵画が良く知られている(ヨハン・P・クラフト・Johann P Kraft作)。
●勇ましい印象とは異なり、現実のナポレオンは敗戦濃厚となると苦戦する軍隊を残していち早く逃げ出している。
●ナポレオンは平民にも平等の権利を与えると約束し、革命で高まったナショナリズムを利用した。占領国では、多くの住民を強制的に徴兵・動員。大量動員による戦争の形を作る。国民皆兵制度の萌芽である。これが現代につながる大勢の死傷者を出す大量殺戮戦の始まりである(以前は傭兵軍で経費がかかるため、規模も小さく国王や領主は簡単に戦争することを控えていた)。
●ナポレオンをまねて、各国国王らも傭兵軍ではなく国民に呼びかけ、ナショナリズムを喚起、大規模軍を編成するようになる。
●産業革命後の技術革新が兵器を急速に進化させた。
●ヨーロッパ中を席巻した“ナポレオン戦争”は、1815年11月に終わる(ワーテルロー〈Waterloo〉の戦い)。始まりは1796年のナポレオンによる第一次イタリア遠征からとする説と、英仏間の和平が破られた1803年5月からとする説がある。このナポレオン戦争の期間を含め、1792年のフランス革命勃発以来、23年間続いた戦争による犠牲者は600万人にのぼった。これがヨーロッパ史上初の大量犠牲者を出す戦争(ドイツを戦場にした30年戦争を除き)になったといわれる。
●ナポレオンは自ら帝位に就き、侵略した国々の国王に自分の兄弟や側近を据える一方、人々が期待した権利は与えられなかった。裏切られたと感じた人々が離反。これがナポレオン軍の弱体化の一因にもなる(ナポレオンが帝位に就いたことに怒ったベートーヴェンが交響曲3番の題を書き換えたのは良く知られる話)。
●また侵略された国々ではナポレオンの文化財略奪にも人々が憤激(カール大帝ゆかりのアーヘン聖堂の扉が良く知られる)。
●フランスにならい、各国領主がナショナリズムを煽って人々を利用。他方、人々は平等の権利を期待し、義勇軍などを組織してナポレオン軍との戦いに立ち上がる。
●1812年10月後半ロシア遠征軍が壊滅敗走。ナポレオンはいち早くパリに逃げ帰る。ロシアでは後年“1812年”を作曲、またトルストイは「戦争と平和」でナポレオンの実際の行状を描記している。
●しかし、ナポレオン追放で安定が戻ると約束を反故にし、人々の期待が裏切られる。保守・反動のいわゆるウィーン体制期で、1815年のウィーン会議からクリミヤ戦争終結の1856年まで続く。
●フランス、ドイツ(オーストリア)各地やイタリアで1848年革命(“諸国民の春”)が相次ぎ、社会主義思想が広まっていく。
●フランスでは壮麗な棺が壮大な建物に安置され、今なおナポレオンを“偉大な英雄”視する人も多い。他方、周辺の国々から見れば“侵略者・略奪者”である。
ベルリンのナチス秘密警察・ゲシュタポ本部の跡地に「テロの地形」という展示館がある。ナチスの恐怖政治を検証し振り返る常設の展示館で、1933年2月の議事堂放火事件を利用して始まった弾圧策の経緯を詳細な資料でたどることができる。
「1813年展」でも同様だが、事実に関する偏見・誤解は、その時代のメディア、特にマスコミよって作られていることがよくわかる。視点を変えれば評価も変わるのもわかる。
フランス革命、ナポレオン戦争の時代は、現代世界体制が準備された時期でもある。200年前のナポレオン戦争がヨーロッパ社会を構造的に揺るがし、現代に影響を及ぼしている。
【DNBオリジナル】