“脱原発”訴える元知事にカネを要求する福島県の不可解(DNB編集部)
福島県発注の工事をめぐる汚職事件で有罪が確定した元福島県知事の佐藤栄佐久氏に対し、同県が退職金7726万6700円の返還命令を出していたことが一斉に報じられた。
福島県によると、県の職員退職手当に関する条例では、在職期間中の行為が、禁錮刑以上に該当する場合、退職金の返還命令の該当になり、佐藤氏が知事を務めていた3期目分の4230万3100円と、4期目分の3496万3600円について、今年6月1日付で返還命令を出したというのだ。
これに対し、佐藤氏は「事件全体が冤罪なので、命令は違法だ」として、8月1日付で異議を申し立てたという。当然だ。
福島県の命令はあまりに杓子定規、というかトンチンカンだ。というのも、佐藤氏が罪に問われたいわゆる“福島県知事汚職事件”は、功を焦った東京地検特捜部の一部検事がブラック情報誌に出ていた真偽不明の記事を鵜呑みに着手し、強引に逮捕・起訴に持ち込んだ失敗捜査だったということが、検察ウォッチャーの間では定説になっているからだ。
検察の描いたシナリオでは、佐藤氏は2000年に福島県が発注した木戸ダム工事について、前田建設に発注するよう(検察お得意の)「天の声」を出し、見返りに佐藤氏の実弟が経営する会社の所有地を前田建設と協力関係にあった水谷建設(また出た)に相場より高い値段で買ってもらったという。この売買価格の“差額”が賄賂に当たる、と主張した。
ところが裁判の過程でこのシナリオが完膚なきまでに崩された。そもそも福島県の公共工事は1976年に起きた県知事収賄事件の教訓から、知事は業者選定にいっさい関与できないシステムになっていた。しかも木戸ダム工事は一般競争入札なので、発注者の意向を挟む余地がまるでないこともわかった。つまり、検察のいう「天の声」など、どだいあり得ない話だったというわけだ。
それだけではない。検察は土地の差額が賄賂に当たると主張したが、水谷建設は佐藤氏の実弟の会社から買った値段よりはるかに高い値段で転売し、数億円もの売買益を得ていたことも判明した。
しかし、当時は裁判所がまだ検察を無条件に信用していた時代であり、二審の東京高裁は賄賂の額はゼロ円(つまり賄賂はなかった)としながら「土地を換金できる利益」を与えたことが便宜供与になるという、なんとも意味不明の苦しいロジックで一審の懲役3年、執行猶予5年を破棄して、懲役2年、執行猶予4年を言い渡した。2012年10月に最高裁が上告を棄却し、刑は確定した。
高裁の判決後に当時の検察幹部は「実刑でなければ敗北だ」と語り、司法記者の間では「一応の『有罪』で検察の顔を立て、『賄賂ゼロ』認定で実質無罪の判断を示した」という評価が一般的だった。
つまり、判決は表面的には「有罪」だが、中身は無罪だったというわけだ。
これは、この事件の流れを知っている人にとっては常識だ。それだけに、今回の福島県の命令は不可解としか言いようがない。佐藤氏は現在、元県知事として震災後の福島の実状を訴えるための講演活動などに従事し、脱原発のシンポジウムなどで発言することも少なくない。
福島県は地方自治法に基づき、佐藤氏の異議申し立てについて、県議会の意見を求めるため、12月定例県議会に諮問するという。県議会の良識ある判断を期待したい。
【DNBオリジナル】