原発事故時に各地に存在したコントロールバッジは初期被ばくの重要な推定材料(おしどりマコ)
2013年11月11日、環境省保健管理部による「第1回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」が行われた。
3行まとめ。
1.事故直後の住民の被ばくの実測値はほとんど存在しない。
2.元々、放射線技師や整形外科医などはガラスバッジで事故前も事故後も常に線量測定している。
3.そのバックグラウンドを測るコントロールバッジの測定値は、事故の初期の外部被ばくを推定するための重要なデータとなるのではないか。
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1.事故直後の住民の被ばくの実測値はほとんど存在しない。
筆者は、継続的に原発事故における被ばくについての取材を重ねている。
例えば、旧原子力安全委員会による原子力施設等防災専門部会の被ばく医療分科会、
内閣府による低線量被ばくワーキンググループ、文科省の旧放射線審議会、
放放医研の福島第一原発事故の初期段階における内部被ばくの線量再構築に向けた国際シンポジウム、
福島県の県民健康管理調査検討委員会などである。
どの検討会でも、専門家が議論していることは
「実測値が無い」ということである。
原発事故後、住民の内部被ばく、外部被ばくを測定した実測値がほとんど存在しないのである。
半減期が短い核種(ヨウ素131など)は、数か月後に測定しても、検出できない場合が多い。
実測値がほとんど無いので、空間線量の測定値、土壌の測定値など、さまざまな値で推定するしかないのが現状である。
この「第1回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」において、本間俊充委員(JAEA、安全研究センター長)の発言を記す。
「本来、被ばくの評価は実測値に勝るものはないが、現状で、住民の実測値はほとんど無く、推定値しかない。
被ばく線量の健康影響を明らかにすることは重要で、被ばく線量自身は様々な経路からの影響である。
現在あるデータは、それぞれが別の組織がやられたもので、
モニタリングベースであったり、モデル計算であったり、期間もまちまちである。
バラバラの評価の中で、どうやって線量の素描を評価するのか。
ヨウ素など短半減期の核種の評価はさらに難しく、昨年度の測定値であったり、シュミレーションの結果だったり、いろいろなものから様々な計算式で推定している現状。
初期の被ばくのように十分な測定データがないところで、どうやって、ありうる線量の分布、不確実さを把握するか。
90%タイルの値、測定値、推定値であったりすると意味合いが異なる
透明性をもって説明をしないと、間違った、印象、評価をうける
県民健康管理調査で、外部被ばくを推定と測定ベースで出されている。
回答率が低い中、当時の行動様式を4ヶ月とっての評価である。
これは、期間が短い中で年間の線量を推定している。
統一的に扱われていないんじゃないか、と危惧している。」
環境省として、統一的に扱うことが必要なのでは、という意見を出されていた。
これは、実は、海洋モニタリングや土壌モニタリングなど、様々な検討会でも、専門家が発言している問題でもある。
様々な機関が、様々なやり方で測定した土壌、海洋土、海水などなどのデータを、一律のグラフで何の注釈もなく並べることは、サイエンスとして間違っている、近いところでは、9月13日の海洋モニタリングに関する検討会で青山道夫委員(気象庁気象研究所)、久松俊一委員(環境科学技術研究所)が同様の発言をされていた。
青山委員の9月13日の発言を抜粋する。
http://www.nsr.go.jp/committee/yuushikisya/kaiyou_monitoring/data/20130913.pdf
「正しくは、やっぱり海底土をちゃんと調べようと思うんであれば、Bq/kgという濃度だ
けではなくて、そこにどれだけあるのかというBq/m2というインベントリーにするべきで
あって、それなしに、濃度の変動のグラフをお示しになりましたが、これを出されても、
実は何の意味もないです、サイエンスとしては。あ、こんな値ですね、ばらついています
ね、いろんな過程がありますと言われても、それはそうでしょうと言わざるを得ないんで
すね。近くは高くて、遠くは低い。当たり前のことで、ひっくり返ったら困るんですけれ
ども。
だから、そこは採泥器、どういうふうにしてこれから海底土の調査をするのかという議
論は、多分別途あるんだと思うんですが、そのときには、1回根本に立ち戻って、今の文
科省が制定したマニュアルで多分皆さんはやっておられると思うんですが、そこの見直し
を、海底土だけじゃなくて、実は本当は海水の分析も、私、言いたいことがいっぱいある
んですけれども、旧態依然のマニュアルを使って分析をして、どうしているんですかと言
いたいところはあるんですが、いずれにしろ、そこをきちっと見て、その上で、信じられ
る、要するにどういうタイプでとったのかという区別ぐらいは、さすがにした上で情報を
出していただきたいと。」
原発事故後2年半が経過しても、検討会での専門家の意見は「きちんと測定して、情報を全て出すべきだ、バラバラのものを注釈無く並べるな」というのが現状なのである。
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2.元々、放射線技師や整形外科医などはガラスバッジで事故前も事故後も常に線量測定している。
過去のことは変更できないので、原発事故直後の住民の実測値がほとんど無いことについては変えようがない。
では、できるだけ、存在するデータを集めて、推定材料とすることが重要になってくる。
筆者は、様々な取材を重ねているが、例えば、海外の国では、事故後すぐに帰国した国民の内部被ばく線量の測定などを行っており、そのデータを日本に提供する用意もあるという。(しかし、現在そのデータは日本には提供されていない。)
参考記事「原発事故後3週間以内のWBC測定値が存在、35%が汚染」
http://op-ed.jp/archives/15531
取材の中で、福島県の医療関係者から、重要な情報提供を受けた。
放射線技師や看護師、医師など、医療に放射線を扱う業務がある場合、ガラスバッジを常に装着して個人線量を測っている。放射線作業従事者として、作業被ばくを計測しているのである。
ガラスバッジは、コントロールバッジと呼ばれるものと対になっている。
全く同じものなのだが、ガラスバッジを測定者個人に装着し、コントロールバッジをその病院内、施設内に置く。
ガラスバッジの測定値-コントロールバッジの測定値=作業被ばく線量
という考え方で、つまり、コントロールバッジでバックグラウンドを測定しているのである。
(なので、各自治体が行っている、ガラスバッジ、クィクセルバッジによる計測も、コントロールバッジをどこに置いているか、どういう値になっているかは重要な問題である。筆者は、各自治体に取材をしたが、それは別でまとめる)
福島第一原発事故後、このようなプリントが送られてきた、と、福島県内の医師から送られてきたのが次のものである。
少し読みづらいので抜粋する。
「この度お客さまよりご返却いただきましたコントロールバッジの測定値は通常の環境下より高い値を示しておりました。
この要因の一つとして、福島第一原発事故に伴う自然放射線量の増加が考えられます。
当社の放射線測定サービスは、管理区域内での放射線業務上の被ばく線量を測定することを目的としておりますので、ご返却いただいたコントロールバッジの測定値をそのままお客さまの自然放射線として取扱い、ご着用いただいたバッジの測定値から差し引いて算出しておりますので、ご理解いただければ幸いです。」
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「ええと、原発事故による追加被ばくでバックグラウンドが上がったけれど、作業被ばくの値しか出してませんよ、ということだよね。まぁ、このサービスは、作業被ばくを出すためのものだけれど、原発事故による追加被ばくと合算してみてくれるところはどこでしょうね?」
この問題も常に存在する。原発作業員、除染作業員、医療関係者などの作業被ばくと、生活の中で受ける被ばくの評価は、現在は切り離されている。
余談だが、旧放射線審議会での議論の中でこういうものがあった。
「公務員や研究者が、仕事で福島に行った場合、線量計をつけて、作業被ばくを常に計測している。仕事が休みの日に、せっかく福島に来たので、と除染のボランティアをした場合、その線量計の扱いはどうなるのか」
この専門家の問いに、担当省庁はこう回答した。
「職業被ばくという規定なので、ボランティアの場合は…線量計を外して頂くということになります」
この回答に、質問した専門委員はのけぞったことを筆者は記憶している。
2011年の末、第119回放射線審議会の議論の中でのことであった。
放射線作業従事者は、作業被ばく、職業被ばくは測定しているが、生活の中で受ける原発事故による追加被ばくと合算して考慮されているわけではない。
特に、福島第一原発の収束作業にあたっている作業員の方々は、原発近隣の方々も多い。作業被ばく以外の生活の中での被ばくとの合算する部署は現在無い、というのは重要な問題である。
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3.そのバックグラウンドを測るコントロールバッジの測定値は、事故の初期の外部被ばくを推定するための重要なデータとなるのではないか。
原発事故の初期被曝の実測値が乏しい現在、各地の施設に存在していたコントロールバッジは有用なデータではないか、そう考え、千代田テクノル、長瀬ランダウアの2社に取材をした。
ガラスバッジによる個人線量の測定は、国内ではほとんどこの2社が行っている。
長瀬ランダウアでは、
「重要なデータと考えている。しかし、このデータは、個人のお客さまとの契約の中でのものなので、わが社の一存で公開はできない。
しかし、国や政府などから要請があった場合は、公開する用意はある。」
とのことであった。
千代田テクノルも同様の回答で、ザッとまとめたものをすでに公開しているという。
送って頂いた資料は下記である。
非常に興味深い資料である。
福島、宮城、栃木、茨木の4県での比較、
福島市、郡山市、伊達郡、二本松市による比較、
などなどグラフにまとめた形での公開である。
前述の、筆者に情報提供された医療関係者は、コントロールバッジを、どの部屋のどの位置に置いていたかの図面も送ってくれた。
つまり、どの位置に、どれくらいの期間、コントロールバッジがあったか、各社は把握しており、コンクリートの建屋内の測定値といえど、推定材料が乏しい現在、外部被ばく線量の評価に役立つ情報となる。
実際、「第1回東京電力福島第一原子力発電所事故に伴う住民の健康管理のあり方に関する専門家会議」終了後、何人かの専門家にこの情報を伝えると、
「時期、場所が特定できるデータであれば、重要な情報である」とのことであった。
現在の外部被曝線量を求める計算式が、有効かどうかの検討材料ともなる。
この千代田テクノル、長瀬ランダウアが持つ各地のコントロールバッジの値が、住民の事故直後の初期被曝を推定する材料として有効活用されることを筆者は望む。
(撮影、おしどりケン)
【DNBオリジナル】