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落合博満は「名GM」になれるか?!~スポーツ・クラブ経営の核「GM」とは何か?(広瀬一郎)

 筆者は1980年に電通に入社。2000年に退社するまでの20年間の大半をスポーツビジネスに携わって過ごした。スポーツ・マーケティングの黎明期と発展期に自ら関わることができたのは、実に貴重な体験だった。

 なかでも、トヨタカップやワールドカップなど、スポーツ・マーケティングという産業の中核と言える戦場で戦ったことは、何にも代え難い実践経験だった(86年のW杯メキシコ大会と、90年のイタリア大会では、同じホテルに滞在していたFIFAの専務理事と、ホテルの中庭で早朝によく互いにボールリフティングをして遊んだものだった。まさか、その一緒に遊んだブラッター氏が、その後、会長になるとは思わなかったが……)。

 ワールドカップに携わった経験を買われて、「2002年大会招致」事務局に出向したことも大きな経験だった。そこで自治体や政府とも関わり、公的な分野におけるスポーツの問題を目の当たりにした。

 その後、脱サラ。電通を退社。スポーツ専門のサイトを創立し、自らが代表取締役となった。社名の「スポーツ・ナビゲーション」と、サイト名の「スポーツ・ナビ」という名前の、吾輩は名付け親でもある(我ながら良い名前だと自負している・笑)。

 残念ながら武運つたなく、2年で経営破綻し、Yahoo

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Japanに事業譲渡した(「スポナビ盛衰記」については、いつか本欄に連載したいと考えている)。

 電通退社前、サラリーマンの分際で、第一次「Jリーグ経営諮問委員会」の末席を汚し、2期4年ほど勤めた。また、スポナビを去った後に、経済産業研究所(RIETI)の上級研究員として、「スポーツ産業政策」を研究した後、大学に入り「スポーツビジネス」に関する教鞭をとっている。

 ここに長々と筆者のプロフィールを述べたのは、「スポーツクラブ組織の経営」という点について、どのような立場で論ずるのかを明らかにしておくべきだ、と考えたからである。スポーツというソフトを扱うビジネスを論ずる際、往々にして「論ずるフレーム」が曖昧になる。それを避けたかったのだ。

 論点の曖昧さは、スポーツというソフトの特有さから生じる。一番問題になるのが、情緒的な点である。

 「そもそもスポーツで金儲けをしていいのか?」というおかしなアマチュアリズムは、スポーツ界のいたるところに根強く残っている。こういった輩のほとんどは、「ビジネス」と「金儲け」の区別がついていない。また、「ビジネスができていないという現状への言い訳」として、上記の言葉を口にしてしまうスポーツ関係者も少なくない。


 スポーツは、どの世代においても、ほぼ8割近くが「好き」と答えるお化けソフトである。20世紀を通じて、国民国家が世界的に普及した世の中で、それと同調して「スポーツの世界化」が進んだ。つまり、国家権力とつながることによって「公共性」という公共的な価値を獲得した。そして、目で見て理解する「視認性」が高く、誰にでも分かり易いというスポーツの利点が、現在ほどの普及につながった。

 あらゆる競技種目の競技団体は、「強化」と「普及」を存在基盤として掲げている。これは「近代」の基本的なパラダイムである「進化」と「啓蒙」の具現化に他ならない。もう一つのパラダイム「理性」という点は、近代スポーツの「ルール」に反映され、「暴力」がファウルとして抑制すべきモノとして明記されている。

 上記のような条件を備えたスポーツは、20世紀を通じて「年代」「性別」「民族」「国家」を越え、「皆が好きな公共的な健全ソフト」という地位を確立した。そして、「動きを伝えるマス(=大衆)メディア」として登場したTVの普及により、その人気は爆発的に広がり、大衆ソフトとして不動の地位を確立した。

 こうなれば、「消費」に結びつかないはずがない。全ての事象は、TVに映し出されることで、消費文明の一翼を担う「情報」となる。これが1970年代に進行した「スポーツの商品化」と、1980年代に確立した「スポーツ市場」の背景にあった。

 1990年代は、いわゆる「グローバル・スタンダード」化の時代だった。その内実は、アメリカによる世界の「市場化」である。

 これまで市場化されていなかった分野に市場が浸食していった。それが全く新しい「情報産業」の確立、つまり「IT化」であり、既存産業のうちの「金融」の市場化であった。更に、「公共的な領域」にも市場化は押し寄せた。それはレーガン・サッチャー政権以来、「民活化」とう文脈の中で起きていた。無論、小泉政権における「民活」もレーガンの盟友、中曽根康弘の「民活」の延長だったし、竹中平蔵財務大臣(当時)も、その先兵としての役割を良く果たしたと思う(多少の皮肉を込めている点を感じとっていただきたい)。

 さて、我らが「スポーツ」も、このような大きな流れのなかで、「市場化」の波をもろに受けた。Jリーグの川淵初代チェアマンを中心とした創業スタッフに、そういった自覚があったかどうか不明だが、Jリーグの誕生は、以上のような文脈において初めて、あの「未曾有の成功」ができたはずである。

 第一に、Jリーグはそれまでのプロ野球との対抗上、「地域活性化」という「公共性」を訴えマーケティングに成功している。また、創立当初から「経営(マネジメント)指向」を標榜していたが、これは我が国のスポーツ界初の試みであった。その後、野球を始めとして他の競技も「スポーツ・マネジメント」は取り入れざるを得なくなったのだから、Jの先見性には敬意を評したいと思う。

 もっとも、現在のJリーグの体たらくを見るにつけ、残念ながら「イノベーションのジレンマ」を想起してしまうのは筆者だけだろうか? もちろん、これは90年代の世界的な「マネジメント指向」や「MBAブーム」と無関係とは言えない現象だが……。

 じつは筆者自身、Jの試みを高く評価し、川淵チェアマン(当時)に、創業にあたっての「戦略」と「制度デザイン」とを整理し、世に出すべきであると提案した。あの成功体験は、我が国のスポーツ界全体で共有すべきナレッジとするべきである、と。それは「Jリーグのマネジメント」という一冊の本になり、東洋経済新報社から出すことができた(おかげさまで、第7版まで出させて頂いた)。

 同時に、「スポーツ・マネジメント」をアカデミックではなく実践的な知とするために「スポーツ・マネジメント・スクール」(SMS)を創設し、現在まで10年(10期)にわたって開催し、600名超の受講者を数えている。その結果、じつはJリーグやプロ野球界のスタッフに、SMS受講生は少なくない。


 マネジメントとは、組織が「リスク/問題」に対応する方法論のことだ。
 では「スポーツ・マネジメント」とは何か?「一般的なマネジメントとはどこが違うのか?」……それが、一番のポイントになる。

 大雑把な言い方を許してもらえれば、9割は一緒だ。残りの1割の違いを「スポーツ・マネジメント」と、筆者は規定した。10年以上経った今でも、それを変える必要性を感じていない。

 スポーツマネジメントで最も基本的な「リスク/問題」は、「ゲーム」という商品の特質から生じている。

「ゲーム」は単独で生産することができない。これは、あらゆる商品・サービスの中で、スポーツのゲームという商品のみが有す特質である。

 最近の経営学における経営の定義は、「市場における優位条件を確保すること」である。そのために、常に商品の品質向上が必要になる。では、単独では生産できない、この「特殊な商品」の品質の向上とは何か? それは「高いレベルでの均衡状態」を作り出すことである。高いレベルで行なわれる、緊張感のある迫真のゲームをイメージしていただければ理解できるはずだ。

 個々のチームは、個別に強化すべきだが、どこかのチームが突出する戦力を有したなら、「均衡状態」は作れない。従って、「ドラフト」などの制度が必要になる(2013年の日本シリーズで「東北楽天」が優勝したのは、ジャイアンツファンにとっては「ご愁傷さま」だったが、プロ野球界全体にとっては、寿ぐ(コトホグ)べき出来事だった)。

 ここで、明らかに必要になるのが、「リーグ全体と個別クラブとのバランス」をとるために必要となる、「リーグ戦略」と「クラブ戦略」である。この両者のどちらかが欠けても、リーグの健全な経営は不可能である。


 通常の製造業における「製造」と「販売・営業」が分化するように、スポーツ・リーグ産業においても、「商品(ゲーム)の製造」と「販売」は別の仕事である。スポーツ産業組織と他の産業との大きな違いは、「製造部門」と「営業部門」の統合の仕方である。スポーツ産業における製造部門の主たる仕事は「競技の強化」であり、「営業部門」との統合は、この産業における最も基本的なビジネスの核である。その成否は、まさにビジネス全体の成否を分けるため、統合責任者はジェネラル・マネージャー(GM)という名前で呼ばれる。

 残念ながら、日本のスポーツクラブにおいて、GMは強化本部長のような職掌と考えられているが、それならなぜ「ジェネラル」なのか、まったく意味を成さないことになる。個別(Specific)に対して、ジェネラル(General)は、複数の事象における一般化の意味である。

 スポーツ産業の商品の質は、通常のビジネス以上に、原材料の質に左右される。ゲームの原材料とは、「選手」に他ならない。この材料の仕入れ原価は、このビジネスにおけるコストの中の最大の要素である。プロサッカークラブで言えば、選手の人件費の総額は支出の中の半分以上を占める(50%台が健全かどうかの指標の一つとなる)。

 また、競技の成績は「人気/観客動員」の最大の要因である。観客動員は、スポーツ興行の最も基礎的な収入である。スポーツマーケティングとして考えるなら、入場料のみでなく、スポンサー収入やTV放送権収入にも大きく影響する。従って、「選手の獲得」に失敗すると、致命的な経営問題につながりかねない。

 確かに市場において高額な選手ほど、優秀ではある。だが、優秀な選手が必ずしも良い成績には結びつかない。ここが、監督の腕の見せ所である。と同時に、「選手人件費をどう抑えるべきか」ということも重要な仕事となる。が、これを監督に任せるのでは、無理が生ずる。ここがGMの出番となる。

 GMは事業計画に則った投資をしなければならない。「選手年俸の適正さ」だけで年俸を決めるのでは不十分。予算執行権と人事権を持つのであるから、GMは、かなりの権限を持つことになる。一般企業のCOO(最高執行責任者)に近いだろう。当然、取締役でなければ勤まらない。経営を理解していなければ勤まらない。そのうえ、競技のこと、選手の市場のことなど、すべてに配慮しなくてはいけない。極めて高度な能力を必要とするのが、GMというスポーツビジネスに特殊な存在なのである。

 今年(2013年)のオフに、中日ドラゴンズに落合博満GMが誕生した。
 はたして彼は、チームを強くするだけではなく、営業力の強化、財務体質の改善まで、達成することができるだろうか。その点こそが、注目すべき要と言えるはずなのだが……。何故か、落合GMに対しては、その視点が欠落しているのではないか、と心配している。杞憂に終われば良いのだが……。