スパイ容疑の元CIA職員スノーデン氏が サム・アダムス賞(情報機関職員賞)を受賞(大貫 康雄)
元CIA職員エドワード・スノーデン(Edward Snowden)氏の動向が10月中旬、再び欧米メディアで報じられた。スノーデン氏が父と面会したこと、そして氏が高い倫理を実践した情報関係者を讃えるサム・アダムズ賞(以下、S・A賞)を受賞したことなどだ。
スノーデン氏は“極秘データの開示はアメリカ国民を危機にさらすのが目的ではなく、データは中国やロシアの情報機関には渡っていない”とS・A賞関係者らに語っている。
また、スノーデン氏から極秘データを提供されたグレン・グリーンワルド(Glenn Greenwald)記者も(スノーデン氏の発言通り)メディアの取材に“アメリカ情報機関の極秘データが中国・ロシアの情報機関に渡った証拠はない”などと語っている。
であるとすれば、スノーデン氏はスパイでも国家に対する裏切り者でもない。政府が必要以上に秘密活動をして、市民の権利を侵害するのを告発した英雄となる。
日本では国家安全保障会議や特定秘密保護法案の設立に前のめりの雰囲気が作られつつあるが、安易な秘密設定が国民にとっていかなる不利益をもたらすか、まず負の側面を考え論議すべきであろう。
S・A賞の名を冠されたサミュエル・アダムズ(Samuel Adams)氏は、ベトナム戦争時、アメリカ軍首脳が“北ベトナム軍と南ベトナム解放戦線の兵力を政治的な意図で過小評価し、アメリカ国民を不必要に危険にさらした”と批判したCIA職員だ(実際、アダムズ氏の指摘する通り、ベトナム戦争に勝利した北ベトナム軍と南ベトナム解放戦線は相当規模の大きいものだったことが、後年、明かにされる)。
S・A賞は“情報・諜報世界に身を置く者の市民としての義務の実践、高潔さ・倫理の推進”を讃えるため、元情報機関職員で作るサム・アダムズ協会(Sam Adams Associates for Integrity in Intelligence)が2002年以降贈っている賞である。
サム・アダムズ協会によると、アメリカ情報機関の職員は採用時に“国内外を問わず、すべての敵に対して合衆国憲法を支持し守る”と宣誓。正統性のある秘密遵守の必要性を理解している。
しかし、憲法違反の活動が隠されるなどの場合、宣誓通り忠実に、そして良心ある市民としての高い義務を実行し、内部告発をする勇気を実践するとされ、スノーデン氏の行為はその高い倫理観を実践したものである。
授賞式は10月9日、スノーデン氏が父と面会した前後に“一時的に亡命を認められている”ロシアの首都モスクワのホテルで行われた。
授賞式には元CIA、元NSA、元FBI、それに元司法省職員の4人(このうち3人は過去のS・A賞の受賞者)や、ウィキ・リークスのイギリス人ジャーナリスト・サラ・ハンソン(Sarah Hanson)氏らが出席し、スノーデン氏に一本のローソクが贈られた。このローソクはサム・アダムズ協会の理念である“片隅の暗い場所を照らす明かりの役割、欺瞞に満ちた情報・諜報世界に身を置く者で高潔な精神・倫理の実践”を意味するという。
スノーデン氏への授賞理由は、自身の将来を二の次にして(敵を利するのではなく)“国民のために良心に従い良識ある行動をしたこと”。
スノーデン氏は、CIA時代に対中国担当として中国のサイバー攻撃の内容や技術水準を熟知しており、中国諜報機関の侵入を許さなかったと述べている。氏の言葉を引用する形で、グリーンワルド記者もインターネット・メディアや、通信社、放送局など各種メディアのインタビューに“アメリカ情報機関の極秘データが中国やロシアの情報機関に渡る可能性は防止されており、また米情報機関のコンピュータが中国やロシアの情報機関に侵入され情報が盗み出された形跡はまったくない”と答えている(アメリカ政府はスノーデン氏を“国家に対する裏切り者”と呼んでいるが、グリーンワルド氏はその主張を事実上否定している)。
これら一連の報道にアメリカ政府は従来通りの反応で、現在のところ具体的な反論も特段の対応もしていない。
*アメリカでは、冷戦時代からCIAを始めとする情報・諜報機関の暗躍が問題となってきた。一方で、政府機関、情報・諜報機関の内部からの告発者が折にふれて現れ、情報・諜報機関の体質を改善する努力が進められてきたのも事実だ。そして、高い倫理観に基づく内部職員らの告発が、アメリカ政府機関の行き過ぎや犯罪を防ぎ、正す役割を果たしてきている。
S・A賞は2002年以来、毎年贈られ、大半は情報・諜報機関の関係者だ。
2009年の受賞者フランク・グレヴィル(Frank Grevil)氏はデンマーク軍情報部員で、2004年2月に“イラクが大量破壊兵器を保有するいかなる確かな証拠もない”と記した極秘文書を公表、その後、極秘文書公表の罪で4カ月の実刑判決を受けている。
中には外交官で、ウズベキスタンのカリモフ政権による人権侵害を告発したイギリスの元ウズベキスタン駐在大使クレイグ・マレー(Craig Murrey)氏などもいる。
2010年は、ウィキ・リークスの創設者のジュリアン・アサンジュ(Julian Asange)氏が受賞している。
2012年の受賞者は、アメリカ国家情報会議(NIC)の元議長で、現在スタンフォード大学教授のトーマス・フィンガー(Thomas Fingar)氏。NICはアメリカの16の情報諜報機関を統括して、中長期的な報告を出す情報・諜報機関の頂点に立つ機関。
フィンガー氏は35年間、情報機関に身を置き、2005年から08年にかけてNIC議長として当時のブッシュ(子)大統領に直接、極秘情報を報告する立場にあった。
氏はNIC議長時代の2007年、対イラン関係の中長期的情報報告を出す際は16の機関すべてから、経験豊かで最も信頼できる職員だけを集め“イランは2003年に核兵器の開発設計や兵器製造計画を停止している”と確信に満ちた報告を出す。
当時はブッシュ政権末期で、チェイニー副大統領らネオコンが任期内に対イラン戦争を開始すべく議論をあおっていたが、このNICの報告のために対イラン戦争を断念する。この報告は個人的に確認した限り日本では報道されていない。
フィンガー氏はS・A賞受賞に際し、情報機関について以下のようにのべている(筆者意訳)。
“その時その時、知り得る限り正確で、客観的な全体像を示すのが目的であり、それをしなかった場合は専門的とはいえない。無定見な機関に堕してしまう”。“政策決定者に出す報告は他では得られない情報を出すことも重要だが、よりよい政策決定ができるよう、客観的な分析を提供することだ”。
フィンガー氏はまた、2002年7月23日、イギリスのブレア政権がイラク戦争突入の方針を決めたのを受け、政治的にねじ曲げられた情報分析報告が出された可能性を例に出し“絶対にあってはならないこと”と指摘している。
もし、フィンガー氏が議長時代に正確な情報に基づく的確な分析と報告をしていなければ、アメリカはブッシュ政権末期にイラン戦争に突入していた可能性がある。その場合、泥沼どころか現在も犠牲を伴うイランとの戦争状態になっていた可能性がある。当然のことながらフィンガー氏の功績は高く評価されている。
日本では安倍晋三総理の方針を受け、集団的自衛権の憲法解釈の見直しや、国家安全保障会議の設立計画、それに特定秘密保護法案などの論議がマトモナ国会審議もないまま、相当安易に前のめりに雰囲気作り進められている。
個人の自立の度合いが低い反面、集団的思考がとりわけ強く、雰囲気に流されやすいのが我々日本人だ。
雰囲気に流されてトンデモナイ決定をする前にS・A賞受賞者たちの果たした役割を考えることを薦めたい。
【DNBオリジナル】
サム・アダムズ賞授賞式で語るエドワード・スノーデン氏
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