ノーベル平和賞へのキャンペーン!? 選考前にマララさんを重点報道したBBCとCNN(大貫 康雄)
今年のノーベル平和賞受賞者はOPCW(化学兵器禁止機関/Organization for the Prohibition of Chemical Weapons)と発表された。しかし、英公共放送BBCと米CNNは受賞者発表の数日前から、女子教育の重要性を訴えている16歳の少女マララ・ユサフザイ(Malala Yousafzai)さん受賞最有力候補とするキャンペーンを展開、一方的な報道を続けた。
受賞者発表後の論評は当然だが、メディアが事前に特定方向に世論を喚起する報道は邪道である。最近、国際的な報道で存在感を発揮しているBBCとCNNだが、このような一方的な報道は彼ら自身の信用を著しく傷つけるものだ。
ノーベル平和賞候補には推薦資格のある団体や個人から、毎年100人前後が最終候補に残るといわれる。今年はマララさんやOPCWの他に、コンゴ民主共和国でレイプ被害女性の治療を続けている医師のデニス・ムクウェジ(Denis Mukwege)さん、ロシアの人権活動家リュドゥミラ・アレクセイエヴァさん(Lyudmila Alexeyeva)、さらにはシリアの化学兵器廃棄交渉を斡旋したとしてロシアのプーチン大統領も推薦されていたといわれる。
内戦、弱者への迫害、貧困、差別など人間の基本的な尊厳を侵害する事件は世界各地で多発し、こうした問題に向き合い、人々の救済活動に尽力し、平和賞受賞資格がある人たちはマララさんだけではなく大勢いる(これだけ見てもノーベル平和賞受賞者の選考は難しい。世界的に権威がある賞となれば、誰を選んでも批判が出るのは当然かもしれない)。
また、タリバンの脅しにもめげず学校に通う女子生徒・学生は大勢いる。タリバンに襲撃されたのはマララさんだけではない。殺された少女も身体不自由になった少女たちもいる。
マララさんだけを特別扱いする報道では問題の本質を見失う。
今年の春、ノルウェーのノーベル委員会の一人の委員とお会いする機会があったが、こうした候補の中で誰が最有力候補か、ノルウェーのノーベル委員会内部の人間でも選考議論が終える最後までわからないとの印象を持った。
しかし、BBCとCNNなど一部英米メディアは他の候補との比較もしないままマララさんを一方的に“最有力候補”と明言して特集番組を放送、インタビューも入れるなど、連日のように分厚く報道した。この“キャンペーン報道”に安易に“最有力候補”などと追随報道するメディアが各国に現れ、世論を煽ったようだ。“一方的で偏向した報道”と批判されてもやむを得ないだろう。
確かにマララさんは子供のころから女子教育の普及・推進に個人的な活動をしていた。2009年、わずか11歳の時、BBCのウルドゥー語版のブログにも寄稿している。
彼女が広くパキスタン国外に知られるようになったのは、翌2010年の夏、NYタイムズが記事とともに32分のドキュメンタリーを制作・報道したのがきっかけだ。以来、欧米メディア各社が相次いで取材・報道。彼女自身は一躍世界の著名人になり、今年は国連に招かれて演説、BBC、CNNも生中継で世界に伝えた。10月には人権活動に尽力した人に与えられるサハロフ賞をヨーロッパ議会から贈られている。
ノーベル賞報道が一段落した時点で、NYタイムズのアダム・エリック記者(Adam B. Ellick)が、なぜマララさんが世の脚光を浴びるようになったのか、公開されていない20時間の映像を振り返りながら自分の取材を含めその経緯を誠実に報じている(10月9日付)。要約は以下の通り。
*エリック記者がマララさん家族を知るきっかけは、女子教育を厳しく制限するタリバンの声明後、パキスタンの新聞報道だった。
*女子学校経営者の父ジアウディン・ユスフザイ(Ziauddin Yousafzai)氏(以下“ジア氏”と呼ぶ)がNYタイムズの取材、ドキュメンタリー放送を契機にマララさん家族の生活は劇的に変化した。
*欧米の著名人からの寄付が相次ぎ、いくつもの賞が贈られた。パキスタン駐在米大使館は、ジア氏をアメリカに招待した。
*ジア氏は各国の外交官が訪ねてくるのを自慢した。
*タリバンの脅迫で閉鎖したジア氏の学校は再開された。
*NYタイムズの取材後ジア氏は欧米、特に英米メディアの影響力を認識し、充分に意識し活用しようとした。
*マララさんが世界の注目を集めタリバン批判の発言が強まるのに対し、タリバンがマララさん襲撃するがマララさんは軍用機でイギリスに運ばれるなど、存在が一層国際的な脚光を浴びていく。
*こうした展開の背後に広告代理業者・メディア工作業者(日本でいえば電通のような企業)の活動があった。ジア氏は広告代理業者と契約し積極的多角的なメディア工作を進めていた(BBCやCNNがジア氏の代理人といかなる接触をしていたのかわからない)。
いくら世界的な著名人になってもマララさんは16歳の高校生だ。自分が各地に招請されるに連れ、自分自身が勉強する時間が少なくなったこと、訪れる土地が地球上のどこにあるのかもわからない状態でいるのを懸念しているとも報道されている。
今後、さらに活動を広げるためにも、彼女自身はもっと勉強しなければならない身だ。大人(この場合父親と広告代理業者、それにメディア)の都合で彼女を利用してはなるまい。
【DNオリジナル】
オバマ米大統領(右端)と対談するマララさん(右からふたりめ)
by the white house from Washington, DC
from http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Malala_Yousafzai_Oval_Office_11_Oct_2013.jpg?uselang=ja