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日本人初!ヨーロッパ公立劇場の舞踊芸術監督になった森優貴 インタビュー[後編](高橋 彩子)

2012/2013シーズンにドイツ・レーゲンスブルク劇場舞踊部門の芸術監督・主席振付家になった森優貴・35歳。就任1年を終えての感触、次シーズンの展望、そして、今後の夢とは? 先週の前編に続き、後編をお届けする(前編はこちらhttp://op-ed.jp/archives/14612)。

[caption id="attachment_14795" align="alignnone" width="247"] 森優貴[/caption]

 

芸術監督1シーズン目を終えて

この夏、最初のシーズンである2012/2013シーズンを無事に終えた森優貴芸術監督。就任からの1年間で、彼を取り巻く環境は変化したのだろうか?

「劇場総支配人のノインドルフが僕を見る目は、ちょっと変わったかもしれないですね。一般的に、支配人に着任する場合、面識のある振付家を連れて行くことが多いのに、僕は初対面。どうなんだろう?という不安はあったと思うんです。僕のほうでも当初、彼に対し、何でもまず下からものを言うようにしていました。けれども彼から『喧嘩になってもいいから対等な立場で議論したい』と言われ、次第にそうできるようになって。時間の経過と共に、信頼関係を築くことができています。たとえば、ダンサーの人数を増やしたいからスポンサーに話をしに行くという時、以前なら『行ってもいいですか』と聞きに行っていたけれど、今は『行くからね』『行って来い』という関係になっています」

2012/2013シーズンで森が新制作したダンス公演は、既述の『Ich,Wagner.Sehnsucht!』と、『Zeit.Raum!(時間。空間!)』、そして、若手振付家の新作を発信する『Tanz.Fabrik!(タンツ.ファブリック!)』。もうお気づきだろうが、いずれのタイトルにも「.」と「!」がついている。統一性を持たせる狙いから、シーズン前の会議で決まったことだという。

そして、先ごろ開幕した2013/2014シーズンでは今後、森と根本しゅん平の新作二本立て公演『Zwischen.Welten!(世界の間で!)』、オーケストラと送る二本立て公演『Über.Leben!(生き-延びる!)』、若手振付家のためのシリーズ第二弾『Tanz.Fabrik! zwei』を上演。このうち『Tanz.Fabrik! zwei』では、世界で活躍する和太鼓奏者レナード衛藤とのコラボレーションとして、ダンサー自身が振り付けする小品集と、森の自作自演作品を予定している。

次項では、森の新作より、『Zwischen.Welten!』公演で発表する『Am Rand der Stille(静寂の縁にて)』と、『Über.Leben!』公演での『Le Sacre du Printemps(春の祭典)』『Intime Briefe(ないしょの手紙)』の内容を教えてもらうとしよう。

[caption id="attachment_14791" align="alignnone" width="480"] Mittelbayerische Zeitung紙の記事[/caption]

 

新たなステージへ 〜2013/2014シーズン新作〜

森の新たなシーズンでの新作のうち、『Am Rand der Stille』で表現されるのは、作家・村上春樹の世界だ。

「ハノーファー時代にも村上春樹さんの作品にインスピレーションを得た舞台を作ったことがあり、いずれまたやりたいなと思っていたんです。時期を見ていたのですが、自然に『あ、今だ』と感じて、決定することができました。村上さんの小説で強く惹かれるのは、主要人物が何らかの形でエマージェンシー・ケースの中に存在していて、だからこそ、こちらの世界を捨てて、違う世界、あちらの世界に行く必要があるのだということ。そこには“喪失感”と、“緊急性・必要性”と“探し続けること”の3つがあると思う。それらをキーにして作ってみたいです」

「こちらの世界/あちらの世界」は、様々な枠組みでとらえることができそうだが、例えば、彼の二つの祖国、ドイツと日本も、そこに含まれるだろうか?

「たぶん、あるでしょうね。ダンサー達にも『こちらの世界/あちらの世界って何?』と聞かれて、説明しにくいけれど、あちらへ行くということには、緊急性ある自身の欲求を探すとか、その際に自分の一部を置いていくとか、何かを犠牲にするとか、背負っていくとか、そんな意味合いもあるのかなと。僕は、父が他界して、母一人子一人なので、異国にいながらも、日本に残してきた母のことは想う。そうした精神的なものも、反映されるかもしれません」

また、従来、選ばれた生け贄と多数派との関係が描かれることが多い『Le Sacre du Printemps』では、森は3.11含め、現代社会を映し出したいと意気込む。

「これまで表現されてきた、儀式や宗教的なものではなく、ストラヴィンスキーの音楽と僕たちの社会を、リンクさせたものが作りたいんです。災害であれ、テロ犯罪であれ、殺人事件であれ、何であれ、悲しいことに、後戻りすることはできないですよね。現代社会って、僕たち自身が創り上げてきたからこそ、自分たちで“清算”しなければならない部分も沢山あると思うんです。壁紙を塗り替えるように同じことを繰り返し、その都度、清算しながら生き続けていくというか……。しかも、犠牲者と加害者が“対等”になっているのが、今の世の中の特徴。たとえば秋葉原の無差別殺人事件にしても、被害者はその人ではなくてもよかったわけだし、誰がどこで犠牲になるかわからないし、被害者と加害者が重なったり逆転したりするかもしれないですよね。そういうことを表現できたらと考えています」

この『Le Sacre du Printemps』に対置するのが、バッハの音楽を使う『Intime Briefe』。こちらのもとになるのは、ゲーテの小説『若きウェルテルの悩み』だそう。

「ストラヴィンスキーに対してバルトークを持って来るようなことはしたくなくて、バッハをと。『ウェルテル〜』そのものを表現するわけではないですが、あの小説を読んで、手紙という人間味のあるコミュニケーション方法、時間と感情の移り変わりが描きたいと感じたんです。この作品では、さっき述べたような現代社会とのコントラストを浮かび上がらせたいですね」

[caption id="attachment_14792" align="alignnone" width="592"] 舞台稽古にて[/caption]

 

さらなる飛翔を目指す

新シーズンの航海を開始したばかりの森。改めて、ヨーロッパの劇場の芸術監督として、一番必要なものとは何だと考えるか、訊ねてみた。

「僕は、きっちりし過ぎるくらいにしていきたい、神経質な性格であると同時に、ある部分では、めんどくさがり屋でもあるんですけど(笑)、やっぱり大事なのは、めんどくさいことを、めんどくさがらないこと。ちょっとした休憩でも、ダンサーとの会話は必要だし、分からないことがあったら人に聞くとか、違うと思ったら言うとか、時間がなくても興味がなくてもほかの部門のプレミアは見に行く・顔を出すとか、社交の場に出るとか、そういうこまごましたことが大事なんですよね。あとはダンサーに対して、君たちがいないと僕は何もできない、という気持ちでいなければと思います」

ヨーロッパでの仕事のやり方には、日本人同士とは異なる点も多い。

「特にヨーロッパでは、みんな自己主張が強く、個性を思い切り表現し、尊重して欲しいと願い、目に留めてもらわなければ、そっぽを向いてしまう。日本人的な考え方で、何でも当たり前のように求める事はできません。そういった国民性も、そして勿論、個々の性格も、理解しながら、ある程度放っておいて、肝心なところで包み込む。おおらかに、そしてクリアに、カンパニーの方向性や日々の仕事の取り組み方を提示して行かなければ、グループとしてうまくまとまりません。単純に振付家の立場から見れば、ダンサーの代わりは実際には幾らでもいるんですが、カンパニーとして維持していくとなると、やっぱりみんなの柱でないといけませんから」

逆に、日本人的な資質が役に立つ場面はあるだろうか?

「日本人なので、ノーと言いません(笑)。アシスタントには『そのやり方だと、気をつけないとユウキは“使われ”てしまう』と指摘されます。でも、最初から無理だと判断して終わらせてしまうよりも、与えられた情況の中で、色々と努力や工夫を重ねてどうにか辿り着いた場所のほうが、自分にとってもプラスになってると思うんですよ。そうすることで、僕だけでなくダンサーにも苦労をかけますが、芸術監督として、劇場にも貢献しなければならない。スタジオでダンサーと制作する振付家の僕と、芸術監督の責任をもつ僕がいることを、ダンサーにも劇場側にもわかってもらえたら……。なかなか難しいですけどね」

最後に、カンパニーおよび自身の目標・展望を教えてもらった。

「僕自身はもう少し、いい加減になれるくらい、気持ちのゆとりを持てたらと思っています。カンパニーとしては、バイエルンの小さな劇場の所属ではあるものの、ドイツの舞台芸術紙や芸術協会でも“今最も注目すべきダンスカンパニー”として扱っていただいているので、クオリティーを保っていきたいですね。今は、既にある人材や環境を考え、ラインアップを決めて、そこから創作していますが、もっとじっくりリサーチして、題材もコンセプトも何もないところ、何が出るかわからないところから、作品を生み出したいという思いもあります。そうでないとダンサーも成長できないし、新しいものも生まれないですから。そしていつか、日本公演がしたいです!」

35歳の若きリーダーとそのカンパニーの飛翔をぜひ、ドイツでも日本でも観たい。

[caption id="attachment_14793" align="alignnone" width="620"] 2012/2013シーズンの公演「Zeit.Raum!」より『Incantations』[/caption]

[caption id="attachment_14794" align="alignnone" width="620"] 2012/2013シーズンの公演「Zeit.Raum!」より『Schwarzer Regen』[/caption]

2012/2013シーズンの公演「Zeit.Raum!」より『Schwarzer Regen』

 

レーゲンスブルク劇場ウェブサイト

http://www.theater-regensburg.de/home.html

 

森優貴ウェブサイト

http://yukimori-opaquevase.jimdo.com/