68年目の被曝報道(大貫 康雄)
8月9日は、68年前、長崎市上空でプルトニウム原爆が炸裂し、多くの人々が犠牲になった長崎原爆忌。
7月28日に、福島で多くの団体が被曝を考える集会を開いたのは、2年前の原発事故による放射能災害が起きてからだ。以来、7月末から8月9日までは、福島、広島、長崎の三カ所の被曝地をつないで、核兵器、原発、そして被曝の問題を集中的に論議する期間となっている。
今年もアメリカの映画監督オリヴァー・ストーン(Oliver Stone)氏ら、世界各国から著名人が集まり、声明を出すなど活発な動きがあった。この期間に論議し提起されたことを一過性にしないためにも、日本のテレビ新聞報道を思い起こしつつ振り返ってみることをお薦めする。
(1)長崎市の田上富久市長は、9日の平和式典で「日本政府が被曝国としての原点を忘れ、今年4月にジュネーヴで行われた『NPT・核不拡散条約の再検討会議準備委員会』で提出された『核兵器の非人道性を訴える共同声明(80カ国が賛同)』に署名せず、世界の期待を裏切った」と批判した。
田上市長の批判については、一部を除いたマスコミも報じた。安倍総理が広島の平和祈念式典で述べたことがいかに空虚なものか、この批判は鋭く突いている。
国連軍縮委員会の公式記録を見ればわかるが、国連軍縮委員会等の場で“最初の被爆国”である日本政府は、以前から世界の期待を裏切るような外交を展開している。
(筆者自身、ジュネーヴでの苦い思い出がある。イラク戦争前、国連で激しい論議が展開されていた21世初め、ヨーロッパの外交官から、「日本は被曝国として、核兵器の恐ろしさを訴えているとはいえない。核軍縮の問題でさえアメリカ追随で、日本の外交官と合う時間もエネルギーもムダだ」と一放送記者の私に厳しい口調で迫ったのを鮮明に覚えている)
マスコミも軍縮委員会や人権理事会の議論を報じることはほとんどない。
(2)8月6日、広島市平和祈念式典の平和宣言で、松井一實市長もアメリカのオバマ大統領が核軍縮の決意を表明している中で、“日本政府が進めているインドとの原子力協定交渉は、核兵器を廃絶する上では障害となりかねない”と穏やかな口調ながら日本政府の姿勢を批判し、新聞・テレビもそれなりに伝えた。
(安倍政権の原発輸出促進政策に伴う交渉では、ベトナムなどからの使用済み核燃料の引き取りなど、将来、日本国民の大きな負担になる条件が出されていると言われている。危険な使用済み核燃料や廃棄物の保管貯蔵問題は、原子力大国フランスも、脱原発を進めるドイツも、また広大な国土のアメリカも場所選定に行き詰っているのが現実だ。こんな交渉が事実なら、安倍政権の原発輸出推進策は、深刻な原発事故を起こした国の責任感や倫理観もなければ、彼ら自身が好んで使う“国益”を大きく損ねるものでもある)
原水禁・原水爆禁止国民会議に招かれたオリヴァー・ストーン氏は、広島での講演の中で「広島の平和祈念式典は素晴らしかったが、ひとり偽善者(安倍総理を指す)がいる」と批判している。しかし、新聞・テレビの大半は無視している。
(3)翌7日、福島第一原子力発電所から大量の汚染地下水が海洋流出している事実を東京電力がようやく認めた。それも日本ではなく海外のマスコミ(今回はロイター通信社)の報道を受けての発表だ。不都合な事実を隠し、嘘をつき続け、外部に知られてから仕方なしに認めて発表するいつもの展開だ。
汚染地下水の海洋への大量流出は、海外メディアも大きく報じられた。鮨を食べるアメリカ人が増えていることもあって、7日夜の米ABC放送はカリフォルニア沖で獲れたクロマグロから微量の放射能が検出されたことを伝えた。そして、現時点ではまだ食べても安全だとの専門家の見解を報じている。
しかし、海洋への汚染地下水流出がいつまでも続くとアメリカをはじめ世界の世論が一転する可能性がある。
ここで紹介できないのが残念だが、『NYタイムズ・地球版(Global Edition)』は8月10日―11日付けで一コマ漫画を載せている。それは「防御服をまとった東京電力(TEPCO)が、嘘をつくたびに鼻が伸びるピノキオのように、長く伸びた鼻を突きだしながら、怒り顔の人たち(国民)に損傷報告を伝えている場面」だ。
東京電力は渋々発表した時でさえ“知らなかった”とか“調べることができなかった”“経緯や詳細はこれから調べる”など言い訳や弁解を加えるのも相変わらずだ(東京電力のこうした体質は、本欄でおなじみのおしどりマコさんも先週、ニコニコNOBORDERの『大貫康雄の伝える世界』で語っている)。
東京電力の体質を最も知る立場にあるのは海外でなく日本のマスコミだが、東京新聞などの一部のマスコミを除いて追求が甘い。
時折、思い出したように読み応えのある記事を載せる新聞社やテレビ局もあるが、日本のマスコミは一般的に原発事故、放射能被害に慣れてしまったのか、飽きてしまったのか、放射能不感症になってしまったかのようだ。
海洋への汚染地下水の大量流出を日本の公共放送NHKの夜7時のニュースは、さすがに最初の段で大きく報じたが、夜9時のニュースは1分余りの流れニュース扱いだ。
それも番組開始から25分も経ってから。夜9時のニュースは他の話題やスポーツが多く、普段は原発事故と放射能災害報道は少ない。放射能災害など起きていないような錯覚に陥る人も多いだろう。
(そんな夜9時のニュースを見る限り、読者のみなさんは“NHKに期待するのは間違い”だと思うだろう。NHKは受信料で成り立つ公共放送なのに裏切られることが多いのは確かだ。新聞や民放テレビ局が資本の影響を受けるのとは違い、政権や資本の影響にとらわれず、より独立性と公共性を維持できる立場にあるはずなのにである。今後も期待を裏切り続けるようであれば公共放送の存在価値はなくなるだろう)
(4)報道は別としてNHKの番組には時折優れたものがある。
8月6日放送のNHKスペシャル『終わりなき被曝との闘い~被爆者と医師の68年~』はやはり内容と言い視点と言い優れたドキュメンタリーであると評価したい。
広島、長崎、沖縄などのNHKや民放各局は、これまでも歴史を検証し新しい事実を発掘し優れたドキュメンタリーを制作・放送してきた。
このNHKスペシャルは、放射能被曝が決して一過性ではあり得ないこと、次々に新しい病魔が被爆者を苦しめていることを我々に提示する。
原爆投下後、多くの人たちが苦しめられる急性障害や、急性障害が一段落した十年後に多くの人々が苦しめられる白血病、いくつもの種類のガン、そして数十年も経った今でも第二の白血病と言われる骨髄異型症候群(MSD)が被爆者の方々を襲っている。
原爆爆発時の大量の放射線で傷つけられたいくつもの遺伝子。それが時の経過とともに次々と新しい症状を引き起こしている。被爆者の一生はまるで遺伝子に時限爆弾が仕掛けられているようだ。この番組で“第二白血病”という病気を初めて知った。
アメリカ政府は「ABCC(原爆傷害調査委員会)」を設立して、被曝の影響を調査したが、被爆者の治療は行わず、苦しみには冷淡だった。
広島、長崎の被曝対策でも、日本政府はアメリカ政府に追随。被爆者支援の体制は後手後手に回った。しかし、広島や長崎の多くの医療関係者の長年の研究と真摯な努力で、白血病などの治療の可能性が少しずつ開いてきた。
新しくわかった“第二の白血病”は、恐らくチェルノブイリ事故の被害者の方々も、そして東京電力福島第一原子力発電所事故による放射能被害を受けている福島をはじめ我々多くの日本人も、将来、無関心ではいられなくなるだろう。
そして、事故を起こし放射能災害を引き起こした東京電力と、原発を国策として推進してきた日本政府(主に自民党政権)を中心とした原子力ムラの責任が、ますます問われることになるのは必至だ。
【DNBオリジナル】
photo from http://commons.wikimedia.org/wiki/File:Nagasakibomb.jpg?uselang=ja
The picture was taken by Charles Levy from one of the B-29 Superfortresses used in the attack.