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世界遺産にふさわしい? あの富士山に登山鉄道計画が(大貫 康雄)

「富士山世界遺産登録」

富士山と三保松原が一体として「世界遺産」の「文化遺産」として登録され、国内だけでなく国外でも報じられた。それだけ今の富士山に残すべき遺産価値がある、ということだろう。

世界遺産登録に、国内では観光促進の面からの論調が目立つ。しかし、世界遺産登録の元来の目的は、遺跡や自然で地球及び人類にとって価値あるものを登録し、将来世代のためにきちんと現状保存することにある。

それなのに、一部の地元では登録を機に新しく観光施設を作る計画が出ている。計画が実現すれば多くの日本人がいう“霊峰富士”の自然景観が損なわれ、せっかくの登録が抹消される可能性さえある。

「世界遺産」の目的と趣旨を理解し、世界遺産委員会が指摘したようにより一層、これ以上の自然破壊を防ぎ、逆に登録遺産にふさわしい状態に改善することが必要だ。

「世界遺産」は大きく3つ分類がある。ひとつは顕著で普遍的な価値を持つ建築物や遺跡などが対象の「文化遺産」。もうひとつは顕著で普遍的な価値を持つ地形、生物、景観などに対する「自然遺産」、そして文化と自然の双方で顕著で普遍的な価値を持つとされる「複合遺産」だ。

「富士山」は90年代、世界遺産の「自然遺産」として登録を目指したが、登山客や観光客の落とすゴミ、糞尿垂れ流しなどが問題となった。また、周辺の湖畔には違法な観光ビジネスが横行したのに放置された結果、今や住民の生活基盤となり、いまさら禁止出来ない事態にもなっているところがある。

ある村では、開発推進人物(故人)が長年村長として実権を握り、観光開発、縁者の利権優先政治を進めた。その過程で90年代、貴重なハリモミ純林がかなり伐採され、駐車場にされてしまったこともある。

今この駐車場に行くと、周囲のハリモミだけは残してあり、一見、外からは森林が守られ何ら開発されていないように見えるが、中に入るとハリモミは一本もない。世界遺産登録のための審査関係者が見たら、このままでは済まなかったのではないかと考えている。

駐車場計画に反対した住民の中には、村がゴミの収集などをやらなかったり、車を傷つけたりなどの嫌がらせを受けた人もいる。現在は違うらしいが、90年代、それがこの村の日本民主主義の現状だった。

こうした事情からか、地元と文化庁は「自然遺産」登録を断念し、その後「文化遺産」として「富士山と信仰・芸術の関連遺跡」として登録を目指してきた経緯がある。

それなのに山梨県の一部の地元では、富士山の五合目まで新たな登山鉄道を建設し、一層多くの観光客を呼び込もう、という案が提示されている。

建設案は、富士スバルラインに沿ってスイッチバック式の鉄道を作る案と、もうひとつは外から見えないようにトンネルを掘って作る案がある。スイスの登山鉄道を想定しているというが、これは “霊峰富士”の景観を著しく損ねるだけではない。

富士山は基本的に火山で、時折大きな岩石が落下して車を直撃したりしている。アルプスのユングフラウ地下を鉄道が通るトンネルは有名だが、あの山は固い岩盤で出来ている。一方、富士山は岩盤ではない、いつ噴火するか予測がつかない火山だ。登山鉄道は危険が多すぎる。

こうした事情を考慮したのかどうかわからないが、登山鉄道推進者たちは、山梨県議会に働きかけをし、周辺自治体に住む人たちにチラシ広告を配るなどしている。

すでに富士山周辺には、観光客の車があふれて各地で渋滞を引き起こし、病院にも簡単に行けない日が出ているなど、地元の人たちの生活に支障をきたしている。登山客がもたらす下界の草木が生えるころもあれば、富士山の山肌が荒れるに任せている場所もある。登山鉄道が作られれば、駅までさらに車が増えるのは必至で、さらに環境が悪化する。

岐阜県の白川郷が世界遺産登録後、観光客が倍増し、交通渋滞を引き起こしているだけでなく、一部の観光客が地元の人たちの庭先に入り込んだりする問題を引き起こしている。地元の人たちの努力で、今のところ「世界遺産」としての現状はきちんと維持されているが……。

「世界遺産」に登録後、現実に登録を抹消された遺産がある。

2007年、保護どころか大規模開発を進めたとして登録取り消しになったオマーンの「アラビア・オリックスの保護区(Arabian Oryx Sanctuary)」。

渋滞緩和のための橋の建設計画が進められていたドイツの「ドレスデン-エルベ渓谷(Dresden Elbe Valley)」は、世界遺産委員会の反対にもかかわらず、住民投票に従い橋を建設したため、2009年取り消しになった。

抹消するか検討された遺産もある。確かに貧困国では自然環境保存に一定の観光産業が必要とされるが、日本は少なくとも貧困国ではないのだ。

F2(フランス国営)放送は、富士山の世界遺産登録を報じ、観光客の増加やゴミの問題に触れるとともに、“富士山は確かに美しいが、火山に変わりはない”と危険性を指摘している。

オーストラリアのタスマニア島の1400kmほど東南にある「マコーリ島(Maquaurie Island)」は数種類のペンギンや、アザラシなどの繁殖地として97年登録された後、観光客の立ち入りが全面禁止された。

世界遺産は一部の観光振興、金儲けの手段であってはならないし、あくまでも「世界に残すべき遺産」であることが目的だ。

「世界遺産」登録委員会は正式名称を「富士山、信仰と芸術の源泉」として登録し、登録後は浅間神社や登山者が身を清めた場所などの信仰関連施設の整備充実するよう薦めているのを真摯に受けとめるべきだろう。

 

【お知らせ】

6月25日(火)19時からのニコニコNOBORDER『大貫康雄の伝える世界』(http://ch.nicovideo.jp/uesugi)は、「コリア・レポート」編集長の辺真一氏をゲストに迎えて、「北朝鮮問題」について語ります。お見逃しなく!

富士山の登山客

photo by jakub htun

source from http://commons.wikimedia.org/wiki/File:20100728_Climbing_Mt_Fuji_6304.jpg?uselang=ja

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