「セレンディピティ」ラッキーな偶然が創る未来(蟹瀬 誠一)
京都大学の山中伸弥教授がiPS細胞の研究でノーベル生理学・医学賞を授賞して以来、バイオベンチャーに注目が集まっている。そのひとつ、新薬開発を手掛ける東京大学発のバイオ医薬品ベンチャー・ペプチドリームの窪田規一社長のお話を聞く機会があった。
6月11日に東証マザーズに上場し、株価急上昇で注目されている企業である。窪田さんはもともと文系だったが臨床検査の会社で働くようになり全国の病院を回ったという。そこで出会ったのは病苦と日々闘う多くの患者さん。いつかその方たちから「ありがとう」と言ってもらえるような仕事をしたい。
そんな思いが2006年の菅裕明・東大教授との起業に繋がったという。国内外の製薬大手と共同で研究に取り組み、目指すは「アンメット・メディカル・ニーズ」、つまり癌、老人病、精神障害などまだ決定的な治療薬のない領域での創薬だ。インタビュー中に「セレンディピティ」の重要性という話になった。
18世紀の英作家ホーレス・ウォルポールの造語で、日本語ならさしずめ「ラッキーな偶然」という意味になる。医学・科学の世界では結構あるそうだ。 例えば、ペニシリン、化学療法の薬、レントゲン検査に使われるX線からバイアグラまで研究中に偶然に発見されたものなのである。
ノーベル賞で有名なアルフレッド・ノーベルがダイナマイトを製造できたのもニトログリセリンの保存容器の底に穴が開くという失敗がきっかけだった。なんとシャンパンやナイロン、それに電子レンジまでもがセレンディピティの産物だと知ると、世の中はラッキーな偶然に満ち溢れていると思えてワクワクするではないか。そう言えば文房具の「ポスト・イット」も失敗の副産物である。
ただし、ラッキーな偶然を成功に導くためには3つの要素が必要だ。 それは「論理性、ひらめき、想像力」である。それを阻止しているのが中途半端な常識だ。残念ながら日本のベテラン経営者も政治家も過去の成功体験に基づいた中途半端な常識に縛られている人が多い。そのためイノベーションが起きにくい。
詩人ゲーテが言うところの“We see only what we know”(我々人間は自分の知っていることしか見ない)状態なのだ。かつて日本でもバイオベンチャー・ブームは何度かあったが市場の注目を集めたのはしばらくの間だけだった。
しかし、今回は違うかもしれない。iPS細胞による再生医療、ミドリムシを使った研究開発、そしてペブチドリームの創薬などを見ていると、いよいよバイオ技術が日本再生に大きく貢献する日が近づいている気がする。
【コラム「世界の風を感じて」より】
※トップページフォト:ImagePhoto(Sub-µ-CT.png)(Wikimedia Commons /Author:Torsten Brandüllerより)