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「シャラップ事件」でわかった日本の大使人事の制度疲労(大貫 康雄)

国連拷問禁止委員会(UN Committee Against Torture)における日本の上田秀明・人権人道担当大使の「黙れ!(Shut up!)」暴言が、マスコミやインターネットでも報じられ多くの日本人が初めて、こうした委員会があるのを知る機会になるなど、いくつか問題点が浮かび上がった(東京新聞は国連拷問禁止委員会の機能も詳しく報じた)。

事件の発端は、モーリシャスの委員が“日本の司法制度は、警察や検察の取り調べに容疑者や被告とされた人の弁護人の立ち合いがなく、自白重視の取り調べを続けている、不透明で「中世」のようだ”と批判。これに対し、それまで日本の官僚体質丸出しで、のらりくらりと答弁していた上田大使が怒って上述のような暴言を発したことだった。

出席していてこのやり取りを聴いていた弁護士の小池振一郎氏がブログで生々しく報じて、お粗末な事件が明かになった。

当然のことだが、この事件で上田大使の“大使としての適格性”が議論の的になり、“日本政府の幾つもの要職にいかにいい加減な人事が行われているのか”、そして、その結果“国際社会での日本の評価、地位がいかに低下しているのか”を多くの人々が改めて考える機会にもなった。

もちろん、要職にある大かたの公務員は誠実で良い仕事をしていると考えられるが、やはり決して一過性にしてはならない問題だ。

(1)国連拷問禁止委員会は1987年に発効(日本は12年遅れの99年6月加入)した「拷問などを禁止する条約(Convention against Torture and Other Cruel, Inhuman and Degrading Treatment or Punishment) 」に基づいて開かれる。

日本外務省は“拷問禁止”条約と訳しているが、正確な名称は「拷問、その他の残酷な、非人道的な、または品位を傷つける扱いや刑罰を禁止する」条約で、かなり幅広く容疑者や被告、刑人となった人たちの人権の擁護を進める内容になっている。

(2)この条約を具体的に実行し強化するべく、その後ヨーロッパ諸国の働きかけで、独立した機関による刑務所や留置場など刑事施設への視察と調査ができるようにする「選択議定書(Optional Protocol to the Convention against Torture and Other Cruel, Inhuman and Degrading Treatment or Punishment)」が作られ、20カ国が批准した後の2002年12月に発効している。

この議定書は今年の5月現在、ヨーロッパや中南米諸国を中心に68カ国が批准している。

条約が実質的に活かされ人権状況が改善をさせるためにこの選択的議定書は重要だが、日本のマスコミで報じられることはなかったし、日本政府はこの議定書に署名も批准もしていない。この一事を見ても、歴代日本政府が国民の基本的権利の尊重に重きを置いていないことが窺える。

(3)大使は一国の国民と政府を代表する要職で、その任に適した人物が就任するはずなのだが、国によっては政治的な利害任命が多くなりがちだ。

アメリカはとにかく時の大統領に近く、利害関係がある人物が任命されると言われる。アメリカの名誉のために言えばそれでも、大使人事は大統領が指名するものの、上院の承認を得る必要がある。この時点で大使としての適性、経歴が詳しく吟味され、時に公聴会が紛糾して大きく報道されることがある。

時には人物の適格性よりは党派的利害からの是非になるが、日本に比べるとやはり多彩な人選が多い。

前駐韓アメリカ大使は、若いころ平和部隊(日本の海外青年協力隊が範にした組織)の一員として韓国に駐在した経験があった女性で、韓国社会をよく知り、韓国に知人も多かった。

(4)日本の場合は外務大臣の推薦で総理大臣が任命し、天皇の認証を受ける。大半は外務省が職員(官僚)の中から人選し案を作るので、日本国民全体の利益というよりは自分たちの特権のように考えがちで、どうしても視野狭窄に陥った人事になってしまう。時に外務省職員以外の大使が出るとほとんどは他の官公庁幹部たちに回される。

(5)日本は2005年に人権大使を新設、2008年に人権・人道担当大使に改称、上田大使はいわば日本初の人権・人道大使だ。

外務省時代を見ると、ポーランドやオーストラリアの駐在大使を歴任したものの、人権の分野では拉致問題に若干関わっただけだ。人権問題に詳しいとは考えられない。大使としての対応も不適格だ。

人権擁護を具体的に推進する動きは、冷戦体制が終わった90年代から急速に国際社会の焦点になった。いくつもの国連機関が作られ、人権・人道担当大使には人権分野で活動実績のある弁護士などが適任だと考えられるが、政府(この場合外務省)にも国会にも、そして我々国民にも、その認識はなかったと言わざるを得ない。

(6)2000年代に入り幅広い視野で大使を人選するべきとの声が挙がり、駐米、駐中国、駐仏などの大使にも民間起用の大使が誕生したが長続きしない。多くは重要性がないとみられる中小国の駐在大使になっている。結局、国民(政治)の監視が弱くなると官僚集団が自分たちの既得権益に戻し、一部かもしれないが、安易としか言いようがない人事が行われている。

一例を挙げると、2年前も苦い思い出となっている例が起きている。

リビアの革命(内戦)で当時の最高指導者カダフィ大佐が殺害され、体制転覆した2011年8月、各国首脳は関連声明を発したが、日本は総理も外務大臣も一片の声明も談話も出さなかった。

わざわざ「中東担当の日本政府代表」職(外務省官僚の天下り職)を新設していたのに、この代表は総理への助言もしなかったことも付記しておく。

また、いわゆる税金を食む公職ではないが、日本プロ野球機構の加藤良三コミッショナーも元駐米大使だ。

統一球の反発力を変更し、自分の署名入りのボールで試合が行われているのに、記者会見では“知らなかった。(自分に責任はないので)辞任するつもりはない”という見事な官僚答弁をした。この大事な変更をまったく知らないコミッショナーとは一体どういう職なのか!?

大使任命一つをとっても日本は人事面での制度疲労を起こしていると言える。

【お知らせ】小池振一郎弁護士がニコニコNORBORDER(http://ch.nicovideo.jp/uesugi)に出演します。

6月18日(火)の19時から20 時まで、ニコニコNOBORDER『大貫康雄の伝える世界』に、小池弁護士がゲスト出演します。ご期待ください!

[caption id="attachment_9519" align="alignnone" width="620"] 外務省[/caption]

photo by Rs1421

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