【中東ジャーナル】(第三回)重信メイとベイルーティング(上杉隆/文・写真)
レバノンに来たのだ。それならば会うべき女性がいるではないか。
重信メイ、ベイルートに住む日本人ジャーナリストである。
3年半、『ニュースの深層』(朝日ニュースター)で仕事をともにした。私がキャスターで彼女がサブキャスターだった。
昨年(2012年)レバノンに帰国し、秋からは大学で教鞭を執る予定であり、現在は映画の製作を始めている。
2001年に日本に帰国するまでは中東の地を中心に過ごした。それまでは無国籍のままだった。
「500メートルくらいかな。こうした銃声は、小さい頃は毎日のように聞いていたよ」
夜のベイルートに鳴り響く銃声を聞きながら、瞬時に距離を判断、動じることなく私に伝えた。
上空ではイスラエル軍の戦闘機が爆音を残しながら通過していく。制空権はいったいどうなっているのか?
「レバノンには空軍がないの。だから空はやられ放題……」
重信によれば、紛争にはそれぞれの理由があるという。
ヒズボラをつぶしたいイスラエル、シリアをコントロールしたいフランスやロシアなどの欧州勢、どうにかしてイランを抑え込みたい米国――。
それぞれの国の思惑が交差し、この地で紛争の止まない状況を作り出している、と重信は分析する。
「それでも、2006年の対イスラエルの勝利でレバノンの地位は大きく変わった。やられ放題の弱い国から、アラブ諸国では対イスラエル戦の初の勝者(ヒズボラ)になったのだから」
とはいえ、レバノン国内では難問が山積している。
シリアによる北部の街ヘルメルやバールベックなどへの砲撃、宗教間の対立を因としたトリポリでの銃撃戦、さらには南部の山岳地帯ヒズボラの支配地では、いまなおイスラエルとの緊張関係が続いている。
もちろん、首都ベイルートも必ずしも安全とはいえない。たった24時間の滞在で何発もの銃声と戦闘機の爆音を経験したくらいなのだ。
だが、それが中東の現実というものなのだ。
「ベイルーティングという言葉を知っている? ベイルートのライフスタイルを楽しもうという動詞よ。この芸術と文化の街にはパワーが溢れているの。みんな何かをやろうと活き活きしているでしょ」
日本にいた時には見られなかった表情を、私は彼女の中にみつけたのだった。
(続)