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米の軍事情報を盗み出す中国のサイバー軍団「61398部隊」とは?(相馬 勝)

筆者は最近、上海を訪れ、米政府機関や企業を攻撃したとされるハッカー集団、中国人民解放軍「61398部隊」の本部ビル周辺を歩いてみた。路上には「軍事禁区」「立ち入り、撮影禁止」などのプレートが目立つ。路上には「公安(警察)」と黒々と書かれたマイクロバスが駐車しており、「巡邏公安」とのたすきを掛けた若い男性警官数人が周辺を警戒していた。このほかにも、イヤホンを付けた目つきの鋭い男の姿が目に付く。明らかに私服警官が、巡邏していた。

ここは上海市中心部から車でほぼ1時間。市内を流れる黄埔江を渡り、近代的な商業・金融センターを形成する浦東浦東地区のなかでも、最も新しく開発された高橋鎮。周辺には海軍の艦船を建設・修理するドックヤードがあり、中国で2番目の航空母艦が建設されているとの情報もある。

実際、歩いてみると、この本部ビルの近くには他の軍事施設のほか、「高橋小学校」や幼稚園、診療所など部隊の家族のための福利施設や、出張者用のレストランやホテルなども建ち並んでおり、付近一帯は「解放軍村」といった趣だ。

問題の61398部隊の本部は12階建ての白いビルだ。ビルの壁には「科技強軍固我長城」(科学技術で軍を強化し、われわれの長城(国防)を固めよう)との標語のほか、「軍事禁区」「撮影、立ち入り禁止」といったプレートも貼られていた。

[caption id="attachment_9038" align="alignnone" width="620"] 61398部隊の本部ビル(筆者撮影)[/caption]

61398部隊は中国人民解放軍総参謀部第3部3局に属するが、その存在が知られたのは今年3月、米セキュリティ会社のマンディアント社が中国軍による米国へのサイバー攻撃に関する報告書を公表してからだ。同部隊は温家宝首相ファミリーが27 億ドルもの資産を蓄財していると報道した米紙ニューヨーク・タイムズに対して4カ月も続けてサイバー攻撃を行っており、これ以外にも中国軍傘下のサイバー部隊がいまも米政府機関や企業にサイバー攻撃をしかけているという。

「マンディアント社の報告書が発表されて以来、メディアの取材陣が頻繁に訪れ写真撮影などをしており、警戒も厳重になっている。当局に連行されて取り調べを受けたメディア関係者も多い」と地元のジャーナリストは語る。

香港の軍事アナリストによると、総参謀部が率いるサイバー部隊は約40万人で、そのうち61398部隊は約2000人だが、英語や日本語など世界12カ国語に通じる人員を抱えており、全国的にも有数の部隊だ。総参謀部傘下には河南省鄭州市の信息工程大学、江蘇省南京市の理工大学、安徽省合肥市の電子工程学院の3校があり、サイバー部隊の幹部を養成するが、そのなかでも優秀な学生が上海の61398部隊に配属され、軍のなかでもエリート部隊だ。

米セキュリティ会社のマンディアント社の報告書によると、2006年初めから米国を中心に世界中の141の政府系機関や企業が攻撃を受け、10カ月の間に新聞で6000年分以上の相当する6.5テラ(1テラは1兆)バイトもの膨大な情報を盗んだほか、1764日間にわたって連続攻撃を受けたケースもあった。

[caption id="attachment_9039" align="alignnone" width="620"] 上海の市街地(筆者撮影)[/caption]

米国防総省も5月、中国軍に関する年次報告書を発表し、「20122年、米政府のものも含む膨大な数のコンピューターが世界中で不正侵入の標的にされた。その一部に中国政府と軍が直接的に関与していると思われる」と断定。中国国防省は「強烈な不満と断固とした反対を表明する」と強く反発する一方、「最近、アメリカは先進的な兵器や装備を大きく発展させ、攻撃的なインターネット部隊を組織している」と逆に指摘し、中国も米軍のサイバー攻撃を受けていることを示唆した。

オバマ米大統領も今年2月、サイバーセキュリティを強化する大統領令に署名。3月13日にはABCテレビとのインタビューで「中国や他の国に国際規範を守り法律に従うよう要求している」と述べ中国を名指しで批判し、その3日後の16日、国家主席に就任した習近平氏に電話で祝意を伝えた際、サイバーセキュリティ問題について意見を交換した。さらに、3月22日、北京を訪れたジェイコブ・ルー米財務長官も米国へのサイバー攻撃を中止するよう異例の要請を行ったほどだ。

中国のサイバー攻撃によって、米政府がどれほどの被害に遭っているのか。具体的な被害件数や損害額は不明だが、5月27日付の米ワシントン・ポスト紙は、中国のハッカー攻撃によって、米国が保有している高度な兵器システム、少なくとも24件の情報が盗まれたと報じた。漏洩した情報には、戦闘機や戦闘艦のほか、ミサイル防衛システムなども含まれているという。

システム情報はペンタゴンの下請け会社から盗まれたとみられるという。米政府高官は「ペンタゴン幹部は、下請け会社からのサイバー漏洩に苛立ちを感じている」と述べている。

ある軍部高官は匿名を条件に、「多くの場合、FBIが下請け会社に対して、ハッキングされたことを伝えるまで、全く気がつかなかった。中国に数十億ドル相当の軍事技術を与えてしまった。アメリカが25年もの歳月をかけて研究開発した軍事技術を、中国は労せずして、たった数秒で手にしたのだ」とワシントン・ポスト紙に明かした。

米中首脳会談が今月7、8日、米カリフォルニア州で行われる予定だが、カーニー米大統領報道官は5月28日、記者団に対し、オバマ大統領が6月上旬の習近平中国国家主席との会談で、中国からのサイバー攻撃の問題を主要議題にすると明らかにした。オバマ米大統領は習近平・中国国家主席に直接、サイバーセキュリティ問題について詰問し、中国軍のサイバー攻撃を止めるよう要請するといわれる。オバマ政権はサイバー攻撃をテロと並ぶ脅威と位置づけているだけに、どこまで突っ込んだ協議になるのか、今後の米中関係を占う意味でも重要な試金石となることは間違いない。

【DNオリジナル】