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ノルウェーのグナール・スタルセット氏が宗教者平和賞を受賞(大貫 康雄)

継続は力と言われるが、活動を長年継続するにはやはり智恵と意欲と努力が必要だ。

5月19日の「Daily NOBORDER(旧News Log)」の原稿で、東日本大震災と原発事故以来、日本でも諸宗派が協力して被害者の長期的支援を始めたのを簡単に紹介した。

その日本の宗教界で生まれ、世界の宗教界が協力して受賞者を選んできた平和賞「庭野平和賞」が今年で30年目を迎えた。

この賞は宗派、国籍、人種、地域を問わず、宗教協力によって平和と正義の実現に尽力した人、あるいは団体を称える賞として1983年に日本で作られた。特筆されるのは、宗教者の平和への具体的で積極的な活動を重視し、紛争の調停、和解に尽力した人たちに与えられている点だ。

今年はノルウェーの宗教者・政治家で、ノーベル平和賞選考委員でもあるグナール・スタルセット(Gunnar Stalsett)氏に贈られた。

ノルウェーは世界でも有数の人権尊重と報道の自由が確立された国である。スタルセット氏は、受賞式(5月17日・東京)前日のインタビューで「現代社会では倫理観を伴った政治が重要で、ノルウェーでは13歳以上の若い世代に倫理と政治に関する積極的な教育が進められている」と語っていた。

日本では宗教に関する報道は消極的で、学校ではとにかく“政治的な活動禁止”などが言われるだけに、ノルウェー社会の実績を踏まえた氏の視点・発想には考えさせられることが多々ある。

[caption id="attachment_8689" align="alignnone" width="267"] グナール・スタルセット(Gunnar Stalsett)氏
(写真提供/庭野平和財団)[/caption]

●スタルセット氏(78歳)は、ルター派世界連盟事務総長、ヨーロッパ諸宗教指導者評議会(ECRL)議長などを務める宗教活動家であり、ノルウェー中道政党の幹部であると共にノーベル(平和)賞委員会委員でもある。

核兵器廃絶運動を推進しており、今回の授賞式の後も広島を訪れ、松井一實市長らと会談している。

今回の授章理由は、スタルセット氏がグァテマラ、スリランカ、東ティモール、ナミビア、キルギスタンなど実に多くの地域での紛争の調停・和解の実現に向けた平和活動の先頭に立ってきたこと。

異なった集団の意見に耳を傾け、理解するために効果的な能力を発揮したこと。

そのうえで紛争当事者たち自身が、和解と平和に向けた解決策・譲歩策を見いだせるよう積極に促し、支え励ますことのできる創造的な仲介者だったこと。

紛争の原因・背景にある「力の不均衡」、「弱者・マイノリティの排除」や「汚職の蔓延」などの問題に対して、長期的な組織を各地に作り対処するために尽力したこと。

女性や貧しい人たち、少数者に多い被害者の視点から、忘れられようとしている人たちを忘れず、思いやりを忘れずに支え励ましてきたこと、など洞察力ある宗教者の活動が高く評価された。

世界の紛争地を見ると宗教の名を語った対立・紛争が多い。また報道では紛争の解決に向けて政治的、軍事的な面が強調されるが、紛争地域の社会に一歩入っていくと、そこには貧困、差別、政治腐敗など共通の問題が蔓延している。

そして、確かにかつての激しい紛争地域のその後の復興の歩みをみると、和解と平和の維持には人々の精神的な落ち着きが欠かせないことがよくわかる。

スタルセット氏は、以前にもお伝えした「WCRP(世界宗教者平和会議)」の有力な幹部として、国際的な諸宗教間協力活動を推進し、宗教者も個人として政治や社会の一員であるとの考えから、宗教が社会に貢献すべきことがあるという信念を持っている。

信念は必然的に実践を伴い、エイズ感染やエイズ患者に対する差別や偏見を宗教的見地から取り除くことを可能にしたともいわれる。

●スタルセット氏は、77人が亡くなった2年前のオスロでの連続テロ事件の直後、圧倒的多数の国民はテロリストの“憎悪”に対して“寛容と慈悲・愛”を持って対峙した、刑の厳罰化を主張する声もあったが、ごく一部の意見に留まったとして以下のように語った。

「テロリストの男は事件当日、ノルウェーが多くの移民を受け入れてきたのを憎悪した。中でも移民受け入れ政策を推進したグロ・ハーレム・ブルントラント元首相(女性)を狙ったが、元首相は既すでに現場を去った後だった。

ノルウェー国民の90%以上は定期的に教会に来ていたが、最近は教会に集まる人が減っていた。しかし事件後は宗派を超えて多くの国民が教会に来て一緒に祈り、話し合った。宗教は困難に直面した時などに人々を最後に受け入れ癒す役割がある。

18歳の女性が、“テロリストが憎悪で攻撃するならば私たちは大いなる愛で応えようではないか”など呼びかけた。この背景には、ノルウェーが子どものころから宗派を超えた寛容さと開かれた発想を身につけるよう育てられ、また14歳から25歳前後の青少年に政治を考える教育を進めていることがある。事件では国王、首相からノルウェー各地の人たちまで、愛情こそ憎悪で起こされるテロとの戦いに必要なことで一致していた。

若者への政治教育の重要性は言うまでもなく、テロ事件の現場オスロ湾にうかぶウトーヤ島ではノルウェー社会民主党の青少年向けの政治教育・夏季研修が行われていた。政党の研修だが一党一派の狭い教育でなく民主主義社会で国民が倫理観を持って積極的に政治に参加することの意義を青少年が学ぶ場だった。

宗教者は個々の人々の悩みや問題を聴き、受け入れ、共感を示して行くことが大事だが、個々人は社会の大事な構成員であり、個々人の悩みや問題は社会的な問題にもなる。これを無視しては対応できない。となると当然、政治の役割も必要になってくる。この意味で宗教は公共的な広がりを持ち政治に深く関わる必要がある。特に複雑化し、様々な価値観が混じり合う現代社会では政治家が倫理感を持つことが重要になってくる」

ノルウェーは現在、人権擁護・人間の尊厳の理念を具体化し、人種、男女、宗教、年齢などの差別をなくしている世界で最も開かれた民主主義社会の一つ、として知られる。

議会(政治)だけでなく、公営企業や大企業の重役(産業界)を男女平等にする政策も進めている。人権尊重の意識が根を張っているのは、2年前の連続テロ事件の後も、圧倒的多数の国民が死刑復活を否定したことにも表れている。報道の自由も世界で最も確立された国の一つであり、意見の表明も自由だ。

こうした社会を確立してきた背景に、スタルセット氏が語っていた青少年に対する積極的な宗教(倫理)面と、政治面の教育があると言える。

日本では、マスコミが多かれ少なかれいまだに宗教をタブー視して宗教者の活動を過小評価している。また“政教分離(?)”を理由に学校などでの生徒や学生の活動を“政治的だ”などと禁止するところが大半だ。

政治活動と党派活動を混同しているのだろう。政治は社会を変え個々の生活に影響を及ぼす。政治を特定の者に任せていては私物化される。無関心でいてはならないことをノルウェーでは子どものころから教えていることがわかる。

言動の自由を体現するかのように、1973年、スタルセット氏はベトナム和平協定の実現により、アメリカ側のヘンリー・キッシンジャー、ベトナム社会主義共和国側のレ・ドゥクト両代表がノーベル平和受賞(レ・ドゥクト氏は受賞を辞退)したのに抗議しノーベル委員会委員を一時退き、ノーベル平和賞受賞の日に同時に贈る“市民が選ぶ平和賞”を作る一人ともなっている。

●庭野平和賞はWCRP活動の推進に尽くした故・庭野日敬氏が設立した平和財団の活動の一環として、1983年以来、宗教協力を通して紛争の調停・解決、平和の実現に尽力した個人、または団体に贈られている。

選考方法は地域や宗教、特定の団体や個人に偏向することがないよう、まず世界120カ国以上の有識者に受賞候補者の推薦を依頼する。そして推薦された候補者の中から、仏教、キリスト教、イスラム教、ユダヤ教など世界の諸宗派から選ばれた数人の審査員によって一人または一団体が選ばれる。

第一回の受賞者は、独裁と貧困に苦しむ人々の救済に取り組んだ70年代ラテン・アメリカのいわゆる“解放の神学”の先駆者でもあった、ブラジルのヘルダー・カマラ大司教に贈られている。

カマラ大司教は、今年30回目の受賞者スタルセット氏が、かつてノーベル平和賞に推した人という縁もある。

以来、北アイルランドでプロテスタント・カトリック双方の宗教者で作る和解と和平を推進したコリメーラ共同体(1997年)、大国が介入して複雑化したウガンダ北部の紛争終結に貢献したアチョリ宗教者平和創設委員会(2004年)などの団体、あるいは戦時中の日系人差別の体験を忘れず人種を問わず差別をなくし、和解実現に貢献した日系米人マリイ・ハセガワ女史(1996年)、ポルポト時代に多くの国民が虐殺される悲劇の中から国民和解と復興に人々と共に歩き、カンボジアのガンディーと称されたカンボジアの仏僧マハ・ゴーサナンダ氏(1998年)など、アメリカ、中国、ドミニカ、カナダ、パキスタン、オーストリア、ウガンダ、インド、など各地で宗派を超えて平和と人権の擁護などに貢献した人たちや団体が賞を贈られている。

今回の受賞者スタルセット氏は、「庭野平和賞の実績を知っているので、喜んで賞を受けた」と語っている。

80年代は良くも悪くも、選挙のたびに大きな宗教団体の信者や会員の票が、どの政党に行くのか注目された時代だった。その宗教界に我々日本人が余り知らない、世界に誇れる賞がある。

また東日本大震災と東京電力福島第一原子力発電所の放射能事故以降、宗教者としての使命感と倫理をより認識し、宗教界が被災者支援などで活発に動いている。

欧米各国の宗教界はさらに一歩踏み込んで、社会問題などで積極的に動き、政治に影響を与えるようになっている。日本の宗教界がどこまで社会に積極的に貢献し、政治に影響を与えるようになるかを注目したい。

【スタルセット氏インタビュー番組のお知らせ】

5月28日(火)午後7時から『ニコニコNOBORDER』の生放送番組「大貫康雄の伝える世界」でスタルセット氏のインタビューを放送する予定です。ご期待ください。

【DNオリジナル】