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サッチャーの死と「魔女は死んだ」をめぐる英BBCラジオの決断!(大貫 康雄)

英BBCラジオが「鐘を鳴らせ(キンコーン!)悪い魔女は死んだ」(サッチャー批判)を5秒だけ放送。

と言っても、ひとつの子ども向けの曲に関し、何故、BBC(英国放送協会)がこのような決定をし、発表したのか大方の読者はわからない。

『鐘を鳴らせ(キンコーン!)悪い魔女は死んだ』は、映画『オズの魔法使い(The Wizard of Oz)』(原典はフランク・ボームの児童文学「オズの魔法使い・The Wonderful Wizard of Oz」)の挿入歌で、西の悪い魔女(The Witch of the West)が死んだのを知らせる喜びの鐘の音の歌(原題は『Ding Dong! The Witch of the West is Dead』)だ。

1939年のミュージカルでジュディ・ガーランド(Judy Garland)が歌って以来、アメリカでは世代を超えて歌われてきた。

この曲が「BBCラジオ1」の日曜の歌番組で視聴者の希望曲の上位になり、通常であれば国葬(17日・水)の直前の日曜日(14日・日)に“全曲”流されるはずだった。しかし、「BBCラジオ1」は、この曲を“5秒間だけ”流すことを決定し、発表した。

今回、希望曲の上位になったのは、故・サッチャー元首相の批判者たちが、氏の国葬の前にBBCに放送させる活動の一環としたためだ。

歌番組といえども公表した決まりを変更して、多くの視聴者が希望する曲を放送しないわけにはいかない。

他方、たとえ批判者が多い死者であっても公共放送として死者を嘲笑する番組を放送する訳に行かない

そこでBBCが決めたのが、“歌の冒頭5秒間だけ流す”というサッチャー氏支持者・批判者双方に配慮した決定だった。

BBCの今回の決定に現代イギリスの“放送の公正性”“報道・表現の自由”という二つの原則の関係、“メディアの説明責任”そして“責任の取り方”また、それに対するイギリス国民の考え方が見えてくる。

(1)「BBCラジオ1」の責任者は以下のようにのべている。

「(国葬の直前の日曜日という時点で)この歌の放送を希望するとは余りにも失礼である。これは政治的な理由でなく、亡くなったばかりの人に対する個人攻撃である。故人をこれから埋葬しようという遺族の悲しみを考慮せずにはいられない」という(個人攻撃ではなく、政治的な理由があれば良いという発想が日本とは異なる。日本のメディアは政治的というより個人攻撃をする例が多い)。

一方で、「かといって放送希望を全く無視すると“言論検閲では”とか、“言論の自由”の問題になる。こうした原則、ジャーナリスティックな状況の下で、この曲を全曲ではなく5秒間だけ流すことにした」と。

BBC自体も声明で、「死者を嘲笑する曲を放送させようという動きは嫌悪感をもよおすが、その曲を全部禁止するのが正しいとは信じない」とラジオ1の判断を支持し、「この曲の放送直前には何故、5秒間だけ放送するのか改めてニュース番組の中で報道する」と。

さらにBBCのトニー・ホール(Tony Hall)会長自身も、「こうした(死者を嘲笑する)動きには懸念を抱いており、個人的にも不愉快で不適当であると信じている。しかし、全面禁止言論の自由という重要な原則に反するだけでなく、かえって世の批判を増すだけだ」などと語っている(この決定に至る経緯は歌番組だけの話でなく、社会的でニュース価値のある問題だとBBCは判断したことを示している)。

BBCラジオ1の責任者はツイッターでも、「まるで岩と岩とに挟まれたような何をするにも難しい状況だ」と非常に難しい判断だったと告白している。

BBCをはじめ、イギリスのメディアによると、与党保守党下院の文化・メディア・スポーツ委員会委員長は今回のBBCの決定を「賢い妥協だ」と支持し「政治的な意図で歌番組がハイジャックされ、そぐわない曲を流すのを許すのが正しいとは思わない。そんなことをしていれば大変な結果になっていただろう」「ただ一方で、その曲を多くの人たちが希望し聴くことになるのを無視することもできなかった(のは当然だ)」と述べている。

一方で、こんな政治家や芸能人もいるとBBCは報じている。

ロブ・ウィルソン保守党下院議員は、「あの曲は全部流すべきだった」、として、「サッチャー氏は東ヨーロッパの何百万人もの人々が自由の身となるのを助け、世界中の自由の象徴となった人だ。その氏が自分の国に検閲が起きたと知ったらぞっとしたであろう」と。

そのうえで「BBCは確かに難しい判断を迫られたが、古臭いイギリス流の誤魔化しだった」とからかっている。

BBCラジオ6の音楽番組司会の歌手・ジャーヴィス・コッカーは、「サッチャー氏は、そんな論争など気にもしなかっただろう。何しろ彼女は闘争を戦い抜いて成長した首相だ……」などと言っている。

また中には、「いずれにしても次の日曜の番組はBBCの新たな検閲の歴史となるのだ」と断言するディスク・ジョッキーも出るなど、イギリス国内の言論は多岐を極めるが、報道の自由を尊重し、検閲(自主規制も含め)に対しては厳しく監視しているのが日本と大いに異なる。

ロンドン、グラスゴー、ベルファストなどの都市では、ビルの壁面に「 IRON LADY?  RUST IN PEACE (意訳すれば『鉄の女? 大人しく錆果てろ』と言う意味)」のような大きな落書きが見られ、新聞が写真で紹介している。死者の冥福を祈るのに英語では 「REST IN PEACE(平穏にお休みください)」との表現が一般的だが、“鉄の女”の呼称を受けて皮肉ったものだ。

またロンドン警視庁の巡査部長が、ツイッターでサッチャー氏を罵って辞任する一幕もあった。

他方、サッチャー支持者たちの間では、対抗して歌番組にサッチャー氏賛美の曲を流すよう投票する動きが出ている。どんな曲を希望するのかにもよるが場合によっては、BBCは新しい判断を迫られるかも知れない。

サッチャー氏、死んでなお、イギリス社会を二分する論争を引き起こしている。少なくとも言論の自由が人々により広く行き渡っているからこそ、こうした活発な論議が起きるのだろう。

(※この欄では前に、サッチャー氏の遺産について書いたので、読まれた人もいるだろう。先の文を、より正確に補足するならば、首相就任当初の氏は慎重な政権運営を始めた。まず取った政策は、高度のインフレに苦しんでいた(組合)公務員給与の21%引き上げだった。これで多くの公務員及び家族の支持をえるが、一層の物価高騰をもたらす一因になったともいわれる。生産性低迷、産業停滞の大きな原因となっていた炭鉱と炭鉱労働組合への呵責なき弾圧は、フォークランド戦争などに勝利してから先のことだった。我々が記憶しているサッチャーリズムは再選を果たした後であることが多い)

【NLオリジナル】