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中国の対日姿勢に変化!? どうなる尖閣問題(相馬 勝)

中国は対日関係改善を模索? 北朝鮮、経済成長の下降など問題山積

中国海南省で4月初旬に行われたボアオ・アジアフォーラムで、福田康夫・元首相と会談したほか、日本企業代表団とも会見するなど、昨年来、尖閣諸島問題で険悪化した中国の対日姿勢に変化が見え始めてきた。

ミサイル発射や核実験など挑発を繰り返す北朝鮮への対応や、中国の経済状態が緩やかな下降現象を見せていること、さらにフィリピンとの領土問題など、中国はさまざまな〝内憂外患〟に見舞われており、対日関係改善に乗り出したのではないとの見方もある。筆者の香港ルポを中心に、現在の中国政府の対日関係の変化をみてみたい。

「日本の企業は本当に中国から撤退してしまうのか。そうなると、中国にとっては一大事だ。中国共産党や政府の幹部は本当に心配しているんだ」

こう語るのは香港有数のテレビ局の幹部で、北京の党政府幹部とも親しく、日本に留学経験もある知日派として知られている人物だ。

中国では3月5日から17日まで、1年に1回の全国人民代表大会(全人代=国会)が行われたが、筆者はこの間、全人代取材を兼ねて香港に滞在し、多くの中国問題専門家と意見を交換した。その際、彼らの多くが異口同音に沖縄県の尖閣諸島問題に言及したうえで、日本企業が対中ビジネスに消極的になっていることに強い懸念を表明したのは、筆者自身にとっても意外な反応だった。

最も驚いたのは昨年8月15日、尖閣諸島に上陸した香港の民間団体「保釣行動委員会」の幹部でもあり、上陸のために100万香港ドル(約1200万円)の資金を援助した実業家・劉夢熊氏ですら「中国と日本は小さな島のことで争うべきではない」として、日中両国が尖閣問題に固執すべきではないと強く主張したことだ。

劉氏によると、中国に進出している日本企業は約2万5,000社で、これらの企業は中国本土で工場を操業し、約300万人もの中国人従業員を雇用しているという。「中国は世界第2位の経済大国で、日本は世界第3位だ。これほどの大国同士が争えば、両国ともただでは済まない。両国にとって致命的な事態になることは目に見えている」と指摘した。

「しかし、中国の最高指導者の習近平・国家主席は『中国人民解放軍は戦争の準備を進めよ。戦えば、必ず勝たなければならない』と檄を飛ばしているではないか。日本の経済界が心配して、中国から東南アジアに生産拠点を移そうとするのは当然の反応ではないか」

筆者がこう質問すると、劉氏は「習近平は中国が戦争の準備をしているという軍備を見せつけることによってブラフをかけているだけだ。日本に中国の強力な軍事力を見せつけることによって、本音は日本に尖閣問題で対中協議のテーブルにつかせようとしているのだ」と答えてみせた。

香港の中国問題専門誌「開放」を発刊し、編集長を26年以上も務めているベテランのチャイナウオッチャーである金鐘氏も「習近平は日本と戦争をやる気はない。中国人をみるのは3つの側面がある。一つ目は言葉であり、発言だ。次が何を考えているのかであって、最後は行動だ。最も重要なのは行動で、習近平は日本と戦争をするとはひと言も言っていないし、そのような行動もとっていない。軍にも指示していない。指示していれば、すでに戦争は始まっているだろう」と指摘する。

ある香港在住のベテラン外交官も金氏の発言に同意したうえで、「中国指導部の対日関係改善にかける意欲は王毅・元駐日大使を外相に起用したことでも明らかだ」と強調したうえで、「しかし」と断って、次のように言葉を続ける。

「王毅氏について、日本では『元駐日大使で知日派』という側面ばかりが強調されているが、香港や中国では『王毅氏はアジア問題に精通するベテラン外交官』としての手腕を評価されている」と主張。彼が言うように、王毅氏は駐日大使と務めた中国外務省のなかでは「ジャパンスクール」である日本問題の専門家だが、大使のあとに外務次官を務め、北朝鮮の核開発問題を話し合う6カ国協議の議長に就任。さらに、中国政府における台湾問題の責任者である中国国務院台湾事務弁公室主任に就いている。

「今回の外相登用は日本ばかりでなく、北朝鮮、あるいは南シナ海における領土紛争を抱える東南アジア諸国、あるいは米国との外交など多角的に判断された結果だ」と同氏は自身の見解を明らかにした。

今回の全人代では、王毅氏のように閣僚級幹部の経験がある人物の登用、あるいは留任が目立った。25閣僚のうち、実に16人が留任しているが、今回の全人代は10年に1度の人事の総入れ替えであるとみられていただけに、極めて予想外の展開となった。

「これは内外で難問が山積していることから、新たな血を導入して新基軸を打ち出すよりも、まずは目先の問題を手堅く解決し、安定した政権交代を図ろうとする習近平・李克強新指導部の考え方が如実に現れている。そのなかでも、最も重要で最も解決が難しいのは腐敗問題だ」と香港のチャイナウオッチャーは分析した。

習主席は17日の全人代閉幕式の重要演説で、「断固として、一切の消極的な腐敗現象との闘争を行う」と声高に叫んだ。李克強首相は同日の内外記者会見で、「中国政府の反腐敗に対する決心と意志は絶対に揺るがない」と述べて、習・李両首脳とも腐敗撲滅を最大の課題に掲げてみせた。

「習、李両氏とも3億とも4億人ともいわれる中間層の動向を気にしている。彼らは都市部に住み、経済改革の恩恵を受けた、いわば〝勝ち組〟だが、約1%の富裕層には及ばない。さらに、富裕層にさまざまな便宜を図っているのが党・政府官僚であり、両者の組み合わせが腐敗の温床になっている」と香港のジャーナリストは指摘。さらに、貧困層である2億6000万人の農民工(出稼ぎ農民)を含む6億人の農民が控えており、中間層や農民らによるデモや集会、暴力的な示威行動など大きな社会不安になっている。

また、民主化問題や報道の自由抑圧なども火種になりかねない。実際、香港では3月16日、香港メディアの記者が北京で民主化指導者を取材中に当局により暴力を受けたことに抗議してのデモが行われている。

習李指導部にとって、社会的な不安定を引き起こしかねないデモや暴力的な事件を抑えるためにも、民衆が最も関心を抱いている「腐敗撲滅」を声高に叫び、重要な公約に掲げる必要があるというわけだ。

特に、習氏は全人代で、国家主席に選出された際、委員の反対票はわずか1票と支持率はかつての毛沢東主席と並ぶ100%近い記録的な数字を示した。香港の中国筋は「習近平は昨年11月の党大会以降の100日間で腐敗撲滅を強調したことが大きな支持率につながった」と分析する。同筋によると、習氏は外交的に対日、対米強硬路線を演出してみせたが、これも高支持率の大きな要素なってきたものの、軍や外交での強硬路線の継続は限界があり、今後は李氏が担当する経済が重要になる。

李首相は今後の最重要課題について「経済の7%成長」を挙げたが、欧州経済の不振による貿易の伸び悩みや対日経済関係の不安定要因など経済運営には不安がつきまとうのも事実だ。とりわけ、内需拡大の起爆剤にしたい農村の都市化は6億農民の経済的な変革という、これまでの中国が経験したことのない未曾有の改革だけに、失敗すれば、これまで積み重ねてきた経済改革の破綻、それによる不動産バブルの破裂、最悪の場合、共産党政権の崩壊の予兆にすらなりかねない。それだけに今回の全人代による習李体制の発足、船出には懸念材料が多い。

「その意味でも、中国指導部はいつまでも尖閣問題にこだわり、対日関係を悪化させることは避けたいに違いない。習李両首脳とも全人代の場で「領土・主権の維持」に再三言及しているだけに、いまのところ予断は許さないのは間違いないだろうが、7月の参議院選挙で自民党が勝てば、中国政府は関係改善に乗り出すだろう」と同筋は大胆な予測を明らかにした。

【NLオリジナル】