ユーロを揺さぶる地中海の小国の大きな躓き(蟹瀬 誠一)
ギリシャの首都アテネから空路で1時間半ほど飛ぶと紺碧の地中海に浮かぶ小さな島国に到着する。キプロス共和国だ。
キプロスは愛と美の女神アフロディテ(ヴィーナス)誕生の地として知られ、美しいビーチやユネスコ世界遺産に登録された遺跡などを見ようと毎年人口(112万人)の3倍を超える観光客が押し寄せる。
今その風光明美な観光地が世界の注目を集めているのだ。といっても観光地としてではない。
2009年のギリシャ危機に端を発した一連のユーロ危機のあおりを受けて、銀行預金を封鎖するという非常事態が発生したからだ。
国内総生産(GDP)が170億ユーロ余り、つまりEU全体のわずか0.001%しか占めていない小国だが、ユーロ圏の一員だから破たんすればその影響は大きいのである。そのためEUと国際通貨基金(IMF)は協議して緊急に100億ユーロの資金援助を行うことにした。
ただし、それには条件があった。同国の銀行預金に課税することだ。
具体的には、額面10万ユーロ以上の預金を保有している預金者には9.9%、それよりすくない預金には6.75%の1回限りの預金税をかけるというもの。キプロス政府は渋々この条件を受け入れたが、国民は怒り心頭である。それはそうだろう。小額でも利子がつくと思って銀行に預金をしていたら、いきなり税金をふんだくられるというのだから。
議会は有権者の意思を反映するところだから、関連する法案は賛成ゼロであっさりと否決されてしまった。これが世界の金融市場で不安の連鎖を引き起こした。しかしマーケットは何をそんなに恐れたのか。それは伝染病である。
自分の預金もキプロスと同じように「ヘアカット(元本削減)」をされるかもしれないと恐れたギリシャ、スペイン、ポルトガル、イタリアなどの預金者が一斉に預金を引き出せば、これまでよりも深刻なユーロ危機がヨーロッパ、いや世界を襲うことになるだろう。もちろん日本にとっても対岸の火事ではない。
慌てた欧州中央銀行(ECB)のトリシェ前総裁が「周囲に伝染する要素ないと信じている」と発言して火消しにまわったのも頷ける。
複雑な裏事情もある。
キプロスの預金税導入に対して、唐突にロシアのプーチン大統領が非難する声明を発表している。なぜならロシアとキプロスの間には強い経済関係があり、ロシアの大金持ちにとってキプロスは資産を“避難”させる絶好の場所になっているからだ。
英国の経済紙フィナンシャル・タイムスは、キプロスの銀行業界が「猛烈な勢いで(ロシアの不正)資金を洗浄していることがうかがえる」と指摘している。
プーチン氏が預金課税を批判する理由がじつはそんなところにあるのだ。EUにしてみれば、大切な血税をロシア人の怪しげな資産を守るために使いたくないというのが本音かもしれない。ユーロ危機打開までにはまだまだ紆余曲折がありそうだ。アベノミクスばかりに浮かれていると、とんだ落とし穴が待っているかもしれないから要注意。
※3月25日時点でキプロスのアナスタシアディス大統領と欧州連合が、10万ユーロ以上の預金に課税、第2位の銀行の処理を条件に支援そすることで合意したが、まだこの先もどうなのるのか分かりません。
【コラム「世界の風を感じて」より】