ノーボーダー・ニューズ/記事サムネイル

「中国・習近平総書記、ノーベル賞受賞!?」はあるのか?(相馬 勝)

北京では5日から、年に1度の全国人民代表大会(全人代=国会)が始まった。今年は10年に1度、首相や副首相、閣僚などの最高指導部が大幅に入れ替わる大会なので、会期は通常の10日程度よりも長い13日間で、17日に閉幕する。私は近く全人代取材で中国の各都市などを回って、最終日の17日に帰国する予定だ。

ただ、人事などの全人代の内容については、直前に開かれた中国共産党の中央委員会総会で決まってしまっているので、全人代と言っても、その討議はすべて出来レースであり、「時間のムダ」と言えなくもない。すでに決まっていることを、さもその場で決めたかのようにして討議する。決まっている案件を可決して、「承認印」を押すという「ゴム版大会」といわれる所以だ。

「中国にも議会があり、討議して、重要事項を決めていますよ」と、これみよがしに2週間もかけて演出しているに過ぎない。

今回の場合、最終日に新首相の李克強の記者会見が最大の見ものだが、それも事前に司会者が新華社通信や人民日報、香港の新聞、台湾の新聞、欧米のメディアなど、だれに質問させるかを決めており、答える内容も事前に作文されているのだから、李克強自身の肉声は出てこない仕組みだ。

まさに、猿芝居といったところだ。

ところで、これは他のメディアにも書いたのだが、昨年11月に中国共産党の最高指導者に就任した習近平・党総書記にノーベル平和賞が授与される可能性があるとの「トンでも情報」が飛び交っている。

その理由は習氏が昨年12月、北京で開かれた党の法政部門の会議で、主に思想犯の再教育を図る労働改造所の廃止について触れたからだという。

しかし、そのような重要な問題である労働改造所の廃止などの法政改革については、今回の全人代では討議されないと言うから噴飯モノだ。まさに、全人代の面目躍如である。

ただ、そのネタモノを探ってみると、結構面白い。中国報道のミスリードの典型的な例だ。

「習氏にノーベル平和賞」という意外な情報を日本語でいち早く伝えたのは、日本語の中国情報サイト『Record China』(2月22日付)で、香港の中国系紙『大公報』の記事を引用。

「中国の新指導者・習近平氏、ノーベル平和賞の可能性―米メディア」との見出しを掲げ、「2013年2月21日、香港の大公報によると、中国の最高指導者・習近平(シー・ジンピン)氏にノーベル平和賞が授与される可能性があることを米『インターナショナル・ビジネス・タイムズ』中国版が報じている」との書き出しで伝えた。

そこで、21日付の『大公報』の記事を探してみると「習近平、労働改造所改革でノーベル平和賞受賞も」との見出しを掲げた記事が掲載されていた。

この見出しだけをみれば、習氏のノーベル平和賞受賞がほぼ決まったかのような印象だ。これが本当だとすれば、極めて重要なニュースだ。

とはいえ、私自身は「あり得ない」と眉に唾をつけながら読んでいたので、『大公報』が引用している『インターナショナル・ビジネス・タイムズ』という主に中国経済情報を発信しているウェブサイトの中国語版の元の記事を探した。

その結果、『大公報』の記事は、20日付の『インターナショナル・ビジネス・タイムズ』中国語版をほとんど丸写しで報じている〝手抜き記事〟だったことが分かった。

また、『インターナショナル・ビジネス・タイムズ』の記事も経済専門誌として名高い米『フォーブス』誌の電子版の記事の焼き直しだった。引用に次ぐ引用だ。

さらに、『フォーブス』の電子版から、2月18日付の「How China's President Is Earning A Nobel Peace Prize」という大きな見出しを掲げた記事を探した。直訳すると「中国の国家主席は、どのようにしてノーベル平和賞を得るのか?」という意味になる。筆者はラルフ・ベンコ氏という同誌の寄稿者で、経済の専門家だった。ただ、ベンコ氏については、いろいろと調べてみたが、どのような素性の人物かよく分からないというのが筆者の率直な印象だ。

とにかく、ようやくオリジナルの記事を探すことができたので、本当に習氏がノーベル平和賞を受賞する可能性があるのか、この記事をじっくりと読んでみた。

またもびっくりしたのは、この記事も中国の最近の法政改革について報じている米『ニューヨーク・タイムズ』や『ロイター』通信の記事の引用が主なのだ。

さらに、肝心の部分も、これまた中国国営の『新華社』通信の引用で、「司法部管轄下の労働改造所350カ所に16万人が収監されている。2012年10月、強制的な労働による再教育が行われている実態について批判が高まり、最高人民法院(最高裁判所に相当)は制度を続けるとしても法を無視すべきではないとの見解を示した」というもの。

ベンコ氏は記事のなかで「これについて習近平氏はいまだ態度を表明していないが、違法拘留と公開裁判権について談話を発表しており、『権力に対する規制と管理を強め、権力を制度の枠に入れる必要がある』と語った」としたうえで、『ロイター』通信が「1月に、中国共産党新指導者による労働再教育制度の見直しが行われる可能性がある」と報じたとして、次のようにベンコ氏自身のコメントを続けている。

「(そうなれば、)ノーベル平和賞委員会も注目せざるを得ない。もし、習近平がこのような人道主義的な行為を続けていけば、同委員会もノーベル平和賞受賞を中国に授与することを正当化できる」

さも、習近平氏がノーベル平和賞を受賞するかのように書いているのである。賢明な読者はすでにお変わりのように、ベンコ氏は仮定のうえに仮定を重ねて論じており、根拠がない記事であることは明白だ。

しかも、さきほども触れたように、3月5日からの年に1回の全国人民代表大会(全人代=国会)では「法制度改革は議題に入っていない」ことが明らかになっているので、中国政府による労働改造所改革は当面あり得ないことになり、同時に習近平氏へのノーベル平和賞授賞もあり得ないことは自明の理だ。ただ、ベンコ氏は「ノーベル平和賞の候補者は2月末日までにノミネートされるので、習近平氏の今年のノーベル平和賞受賞は不可能だ」とも付け加えており、巧みに責任を回避をしているようだ。

これまで長々と論じてきたが、習近平氏のノーベル平和賞受賞報道は、このような引用に次ぐ引用を経て、一人歩きしてしまうといういい加減な情報の典型的な例だろう。

【NLオリジナル】