世界では抜群に評価の高い国会事故調報告はなぜ日本で無視されるのか?(大貫 康雄)
「国会事故調・黒川委員長を米科学者団体が表彰」
福島第一原発事故に関する「国会事故調査委員会」の黒川清・元委員長にAAAS・全米科学振興協会から2012年「科学(者)の自由と責任賞」が贈られることになり、2月ボストンでのAAS年次総会で授賞式が行われる。
AAASは一般的には科学雑誌「Science」の出版で知られる。科学者間の協力促進、科学的自由の擁護、科学教育の推進のための世界最大級の学術団体。
福島第一原発事故に関する事故調査委員会は、政府(監督官庁などの主導)、東電、民間、それに国会の4つが作られた。「国会事故調査委員会」は、その中での唯一の、(日本では画期的な)独立した調査委員会だった。黒川博士が、その委員会の独立性“活動を実のあるものにし、社会に貢献”したことが受賞の理由になったと言える。
また国会事故調査委員会は1月26日(土)、自由報道協会の第2回自由報道協会大賞の「知る権利賞」を贈られた。黒川博士はちょうどスイスのダボスでの「世界経済フォーラム」に出張中のため、文面で受賞挨拶を送っている。
その中で黒川博士は国会事故調査委員会について次のように語っている。
●憲政史上初めて、政府からも事業者からも独立して国会に設置された委員会
●立法府という国民の代表の最高機関が行政を監視するという民主主義の基本を日本で初めて実践したもの
その上で黒川博士は、(委員会は)透明性、独立性を守り、
●開催された20回の委員会、及び3回のタウンミーティングはすべて公開でおこなった。
●福島市で行った第1回を除き、全ての委員会が日本語と同時通訳をつけて英語でウェブ動画配信された。
●報告書は昨年7月5日に衆参両院議長に提出後、国内外同時に発表した。9月には全文の英訳も公表した。
この国会事故調は立法府の権限強化の一つとして、民主制度の基本である三権分立には欠かせないプロセスなのです。
2011年12月8日の発足時、委員長に就任した黒川博士は、「国民の、国民による、国民のための調査を行いたい。世界の中での日本の信頼を立て直したい」などと決意と抱負を述べている。
黒川博士が語っているように国会事故調査委員会は、当時の総理大臣から原子力委員会、東京電力、原子力保安院、原発現場の作業員まで関係者への聞き取りを含め全面公開している。各委員も全面的に質問に応じている。何よりも、いわゆる専門家でない原発事故の被害者でもある福島県大熊町の蜂須賀禮子さんを委員に加えたことが特筆される。事故の真相に迫るには被害者の視点、立場からの検証が不可欠であるとの確信からで、黒川博士はじめ委員会の真摯な姿勢がわかる。
国会事故調査委員会は半年間という限られた時間の中で10人の委員と職員で、延べ1167人の関係者から900時間もの聞き取りを行い、被害者400人が参加するタウンミーティング、1万人以上の被害住民からのアンケート、3回の海外調査の末、福島原子力発電所の事故は終わっていない、と始まり「事故は人災だった」と政府、東電、学者ら関係当事者たちの責任を指摘する結論を出した。
AAASは黒川博士の受賞の意義について、主に二つ述べている。( )内は筆者の意訳。
「福島原発の破滅的な事故の原因に関する独立委員会の調査活動を卓越した指導力で実行して果たした社会貢献」(for his contribution to society by his remarkable stewardship of an independent investigation into the causes of the Fukushima nuclear catastrophe)。そして「日本の政府と社会に根深くしみ込んだ因習(作られた安全神話)に果敢に挑んだ勇気」(for his courage in challenging some of the most ingrained conventions of Japanese government and society)
AAASが黒川博士の活動を評価したのは、まさにAAASの目的でもある科学的自由・独立と責任を追及し体現したからだと言える。
今年のAAAS年次総会は2月14日から18日にかけてボストンで開かれ、16日会場で授賞式が行われる。
ついでに付け加えると黒川博士は、アメリカの外交問題月刊誌「Foreign Policy」(日本で良く知られるForeign Affairsは隔月刊誌)の2012年度の「世界の最も重要な思想家100人」(100 Top Global Thinkers 2012)にもアウンサン・スーチーさん らと共に選ばれている。
黒川博士を委員長とした国会事故調査委員会の活動と報告は、このように原発問題を抱える世界の国々での評価が非常に高い。
問題は、報告を受けた我々日本社会の対応だ。
報告書は当時の国会議員すべての手元に配られた。
しかし「東京電力福島原子力発電所事故調査委員会法」が定められているにも拘わらず、その後、報告書が国会で議論されたことは一度もない。委員長以下が国会に呼ばれて報告書の内容を説明する機会もなかった。報告書を基にした政策(案)は一つも出されていない。「絵にかいた餅」にし、国民が忘れるのを待つ、というかのようだ。
福島第一原発事故に対し世界の政府、議会、学術関係者が深刻な危機感を抱いているのに、肝心の日本の国会、国会議員は何ら具体的な反応を見せていない。報告書について我々国民の声を取り上げる新聞・テレビは誠に少ない。
情報公開を重視した国会事故調査委員会のホームページは、昨年10月30日で閉じられた。今、インターネットで報告書の詳細を知るには「国会図書館インターネット資料収集保存事業」を開くしかない。事故は未だ収束せず、事故の健康被害が今度増えることが想定されるのに、保存事業扱いである。
先の総選挙では「原発の是非」は争点から外され、原発推進の党が圧倒的勝利を収めて世界を仰天させている。
チェルノブイリ事故を経験したヨーロッパ各国のメディアは一様に、あれだけの深刻な事故を起こし、事故が未だに収束していないというのに、一体日本人は何を考えているのか!? と、驚愕を受けた報道をしている。
原発推進の与党は、原発事故の深刻さや今後増えるとみられる放射能の健康被害の問題を避けているようにさえ見える。27年前のチェルノブイリ原発事故の後何が起きているかを現地の人たちは身をもって世界に示していることを、我々人類は知っている。
原発事故は終わっていない。被害は未来にも続く。
AAAS・アメリカ科学振興協会の「科学的自由と責任賞」を黒川博士が受賞するのを原発事故と対策、今後の被害について改めて考える機会にしたい。
【NLオリジナル】