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「ひとり9億円 」米兵の被曝損害賠償は誰が支払うのか?(大貫 康雄)

「トモダチ作戦」の米兵、被曝損害訴訟の意味

東日本大震災の直後、アメリカ軍の救援活動「トモダチ」作戦に動員された空母「ロナルド・レーガン」の水兵8人が、東京電力福島第一原発事故に関する嘘の情報などで被曝した、として日本政府(東京電力)に対し損害賠償を求める訴えをカリフォルニア州サンディエゴの連邦地方裁判所に起こした。

昨年末の訴えだったためなのか、日本のマスコミは一言しか報じていない。しかし彼らの求める損害賠償額は、海外メディアで指摘されているように日本の被害者の方々の損害賠償請求がいかに慎ましいものかを改めて認識させる額だ。

また別に、日本の裁判制度にはない「懲罰的損害賠償」なども求めており、この裁判は展開いかんで、原発事故災害被害者救済のあり方や、事故の当事者(企業、政府など)の責任の取り方、日本政府(東京電力)の姿勢が改めて厳しく問われる可能性を秘めている。

訴えを要約すると、〝日本政府(東京電力)は事故を起こした原発から放出された放射能量が、人体に危険を及ぼすような値ではないという印象を作り出していた。その結果、安全ではない地域に動員されて被曝してしまった(以下、被告を日本と変更)〟〝日本はメルトダウンの深刻さや、救援活動に参加した者が直面する危険について正直な説明を怠った

というもので、一人につき1000万ドル(約8億8000万円)の損害賠償と、それに加え日本政府(東京電力)が、被害者のためではなく自分たちの利益を追及するため、詐欺的な言動、怠慢、警告も出さず不法な妨害行為などを行ってきた、とし3000万ドルの「懲罰的賠償」を求めている。

(アメリカの水兵の賠償請求額を見ても、福島や近隣の県の被害者の賠償請求がいかに控え目かわかる。福島の被害者はアメリカ軍の兵士たちより遥かに深刻な被害を被っているのに、政府や東京電力に求めるものがおとなしすぎる。ドイツの公共放送ZDFやフランスのルモンド紙の記者などは、日本の被害者の人たちは控えめすぎる。もっと声を挙げる権利があるし、日本国民はもっと被害者の立場に立って良いのではないか、などと指摘している)

原告たちはさらに、救援活動で被曝した結果、将来想定される治療費のために1億ドルの基金を設置することを求めている。

原告の水兵たちは、将来、ガンを発症したり、治癒不可能な健康被害が現れる恐れがあると不安を口にしている、という。

地元メディアの報じるところでは、被告の日本政府(東京電力)側は、原発から出る放射能の人体への危険性を認識し、常に正確な測定値を出し、原発から放出される放射能が環境にどう拡散し、いかなる被害を与えるかについても認識していた、などと主張している。

「懲罰的賠償」の制度は、アメリカの裁判で政府や企業が、人々や環境に引き起こす被害に際し、直接の損害賠償とは別に、関連した損害に関しての被害者救済や、政府や企業が災害を深刻に受け止めて効果的な改善策を求める考えから出されている。

企業が裏で意図的な工作をしたり、義務の遂行を怠っていたことがわかった場合は、文字通り懲罰的賠償額が課せられている。裁判で認められた懲罰的賠償の額は、80年代は直接の賠償額の数倍以上に上った。

これに対し保守派の巻き返しが強まり、レーガン、ブッシュ(子)の2人の大統領が任命した超保守派の最高裁判事らが懲罰的賠償額に上限を設けたため、最近の懲罰的賠償で巨額の支払いが命じられる企業はほとんどなくなっている。

原発関連訴訟をはじめ、公害、企業による従業員の人権侵害などの訴訟でも、日本の裁判は体制擁護の側面が強い。被害を受けた人々のため、というよりは相対的に政府や企業に有利な判断が出されている。

こうした裁判環境の中、当然のごとく直接の損害賠償額自体が少なく抑えられてきた、と言える。まして懲罰的損害賠償の考えが導入される可能性は今のところない。

一方で「懲罰的損害賠償」の考えは、事故や災害を引き起こす企業などが安全に対して深刻に対処する効果があるとして、近年はヨーロッパ各国の裁判でも考慮するようになっている。

裁判で原告たちの訴えがどこまで認められるかはわからない。まず裁判所が訴えを裁判の価値ありと判断するかどうかが始まりだ。

また放射線被曝量の特定、原発事故の深刻さや放射能汚染の実態の判断、そして日本政府・東京電力の嘘や誤魔化しなどの情報工作を裁判官(陪審員たち)がどこまで認定するのか。原告側、弁護側の弁護士の能力がどう発揮されるか。全てはこれからだが、この裁判は、原発事故による放射能被害と、政府(東電)の対応と責任をアメリカ人がどう判断するのかを知る機会になる。

空母「ロナルド・レーガン」の乗組員5500人を始め、「トモダチ」作戦に動員されたアメリカ軍兵士たちは相当数に上る。

もし8人の訴えが認められたら、同じ状況に置かれた、これらの兵士たちが一斉に損害賠償を求めて訴訟を起こすことも予想される。

その場合、日本政府(東京電力)が支払いを迫られる賠償額、懲罰的賠償額は天文学的なものになる可能性がある。

そして東京電力を破産させず、救済のために政府が国有化したため、損害賠償の支払いは、電力料金の値上げを通してか、あるいは我々国民の税金の形で賄われることになる。

【NLオリジナル】