中国が安倍自民党の政権奪還を望んでいる(山口一臣)
「中国は日本の総選挙で自民党が勝ち、安倍政権が誕生することを望んでいる。石原慎太郎の維新と連立すれば、完璧だ」
自民党の圧勝が確実といわれる総選挙の投票日直前、米国ハワイ州ホノルルに滞在中のわたしの元に、中国政府当局に近いネタ元からそんな情報が寄せられた。「中国が安倍政権を望んでいる?」。一瞬、話が逆ではないかと耳を疑ったが、よくよく聞いてみると、なるほどそういうことかと合点がいった。
自民党総裁の安倍晋三は今回の選挙に際して、国防軍の創設、集団的自衛権解禁、憲法改正など、かつてないほど“右寄り”の政策を強く打ち出している。中国が領有権を主張している尖閣諸島についても、避難港の建設や自衛隊(公務員)の常駐にまで言及し、「(中国と)話し合う余地はない」という姿勢だ。日本維新の会代表の石原も、そもそも尖閣問題の火付け役で、路線的にはほぼ安倍と共通か、むしろそれ以上だといわれている。
そんな安倍と石原の連携を中国政府が望んでいるとは、どういうことか。
結論から言うと、尖閣問題について安倍や石原のように強い主張を持った人物が政権に就いて、日本が目に見える形で実効支配を強めようとすればするほど、尖閣諸島に領土問題が存在することが国際社会にアピールでき、結果として中国を利することになるーーーというのである。
中国はかなり本気で尖閣諸島を取りにきている。
野田佳彦の“思いつき”国有化によって中国の尖閣奪還計画が一歩も二歩も駒を進めてしまったことは以前、このコラムで書いた(http://op-ed.jp/archives/3952「尖閣諸島はやがて中国の領土になる」)。
中国はその後もこの路線を着実に進めていて、監視船による領海侵犯はもはや日常化し、12月13日にはついに中国国家海洋局所属の航空機が尖閣諸島上空の領空を侵犯する事態が発生した。このことは、北朝鮮が事実上の長距離弾道ミサイル発射を強行したこととあいまって、“右寄り”路線を鮮明にする安倍自民に有利に働く。
中国がこの時期に領空侵犯に踏み切った理由は明らかで、選挙で安倍自民を勝たせるためのいわば「応援パフォーマンス」だったというのである。
実際に安倍政権が誕生し、尖閣諸島の支配を強めるための施策を実行し始めることになれば、中国側はそのレベルに合わせて奪還計画を進めるだけでいい。国際社会に対しては「仕掛けてきたのは日本側だ」と主張できる。
今回の領空侵犯について中国外務省の洪磊(こう・らい)副報道局長は「釣魚島とその付属の島は中国固有の領土で、中国の海洋監視機がその空域を飛ぶことはまったく正常なことだ」と記者会見で強調した。中国では、これがごく当たり前の考えで、安倍が拙速に動こうとすればするほど、野田の“思いつき”国有化と同じく、必ず中国に付け入る隙を与えることになる。安倍には「デフレ脱却のためには日銀にも国債を買ってもらう」などと単純で乱暴なことを口にする癖があり、複雑な駆け引きはできそうもない。中国政府は、それに“期待”しているようなのだ。
問題は国際社会がどう動くかだ。
安倍に象徴される保陣営の多くは、米政府高官がたびたび「尖閣諸島は日米安保の範囲内だ」と発言していることを根拠に尖閣諸島で日中が対立すれば米国が助けてくれると本気で信じている。だが、世の中、そんなに甘くはない。
確かに、日本が実効支配している以上、尖閣諸島は日米安保条約の範囲内だが、領有権については米国はあくまでも中立との立場を崩しておらず、日本にも中国にもいい顔をしている。米国は表向きは対中包囲網などと言っているが、中国と本気で対立する気などない。中国は米国債を買い支えてくれているし、米企業は中国を最大の市場と見ているからだ。
日中の対立激化で日本の自動車メーカーの対中輸出が激減したと伝えられているが、その穴を埋めているのが米国や韓国の自動車メーカーだ。日米韓の軍事同盟を構成する各国が、実は中国市場ではライバル関係にあるという事実を忘れてはいけない。「中国は社会主義国家で体制が違うから、米韓は日本の味方だ」などという単純な話ではないのである。
中国はこの間、米議会やシンクタンクなどに対しても積極的なロビー活動を行ってきた。その結果、安倍・石原らが掲げる“右寄り”路線が、国際社会から警戒され始めていることも自覚したほうがいい。米誌『タイム』の最新号が「Japan Moves Right(日本は右傾化する)/なぜこの国のムードは数十年来で最もナショナリステックなのか、なぜそれは危ないのか」というカバーストーリーを掲載したこともそのひとつだ。国際社会に影響力のある欧米のメディアに最近、こうした論調の記事が目立ち始めた。タカ派の安倍政権が誕生すれば、こうした危機感がより現実味を帯び、国際社会で中国の主張が通りやすくなる。
こうなると、たとえ安倍が政権をとったとしても、本当に選挙中主張していたような対中強硬路線を取れるのかどうかが怪しくなる。それにしても、安倍が自らの思想信条に忠実であればあるほど、中国を利することになるというのは、なんとも皮肉な話ではないか。実際に政権を取れたとして、この問題にどう対処していくのか、我々はしっかり見守る必要がありそうだ。(敬称略)
【NLオリジナル】