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「フクシマ」の被災者に人権はないのか?(大貫 康雄)

「フクシマ」に関する国連人権理事会特別報告者の声明

12月4日から10日にかけては世界人権週間で、1210日の世界人権デーに向けて各国で関連行事が催される(1948年12月10日、世界人権宣言が出された日にちなむ)。我々日本人が考える以上に人権は我々の生活に大きく影響してくる。

今年は東京電力福島第一原発事故後の人々の健康に関する権利が守られているかを調査してきた国連人権理事会の「健康に関する特別報告者」が日本を訪れ、日本政府の被害者の扱いを厳しく批判していた。

改めて人権の視点から、福島第一原発事故の被害者救済の問題点を国連人権理事会の特別報告に基づいて考えてみたい。

 

Ⅰ)特別報告者(rapporteur)のアナンド・グローバー氏は11月25日、東京の日本記者クラブで会見して声明を出した。

グローバー氏は声明で、日本政府や東京電力を厳しく批判した。当日は会場いっぱいに報道陣が詰めたが、幾つかのマスコミが要約を報じる程度だったので改めてお知らせする。

特別報告は来年6月、国連人権理事会に出される予定だ。声明を聞く限り特別報告は、先に「福島県民の健康被害に深刻な被害はない」と発表したWHOの調査に鋭く疑問を投げかける内容になることがわかった。

特別報告者が声明で強調したのは、今回の原発事故は健康に関する人々の基本的な権利が損なわれていることを明らかにした点で、今後の原発を巡る論議の過程で無視できない。

グローバー氏は、福島第一原発事故により福島県をはじめ日本各地の人々の健康に関する権利が守られているか、政府・東京電力が人々の健康に関する権利を守るために手を尽くしているかなどを調べるため来日。11月中旬の12日間、福島や東京で政府、自治体の関係者、NGOなどを対象に聞き取り調査を行ってきた。

国連人権理事会が指摘した「フクシマ」の問題点

Ⅱ)声明で氏は多岐にわたって問題点を指摘している(何箇所か筆者の責任で意訳・補足してある)。

1.原発事故直後は放射性ヨウ素の人体への取り込みを防ぎ、甲状腺ガン発生の危険性を最小化するため、被曝した近辺の人たち(被害者)に安定ヨウ素剤を迅速に配布するのが当然の手段だ

しかし残念なことに日本政府は、人たち(被害者)に安定ヨウ素剤の指示を出さず、また配布もしなかった。それでも一部の市町村が独自に安定ヨウ素剤を配布し始めた。

2.災害、特に原発事故などの人災が発生した場合は政府の信用問題になる。政府が正確な情報を人々に提供し、人々を汚染地から避難させることが極めて重要

しかし残念なことにSPEEDIや放射性プルームの情報(放射性物質の雲)は直ちには公表されなかった。

3.「避難対象」区域の設定は、実際の放射線量に基づいてではなく、事故原発からの距離やプルームの到達範囲の想定などを基に決められた(杜撰な設定で当初はホットスポットも考慮されなかった)。

避難区域の指定に、日本政府は年間20ミリシーヴェルトという(高い)基準値を用いた。そのため実効線量は年間20ミリシーヴェルトまで安全である!?と(誤って)伝えられた。

4.学校で子どもたちに配布された冊子やその他の政府刊行物では、年間100ミリシーヴェルト以下の被曝では、ガン発症に直接関係するリスク・危険度について明確な証拠はない、と発表して人々の状況は更に悪化した。

年間の被曝量20ミリシーヴェルトという基準は1972年に定めた原子力業界の安全規制値とも大きな差がある。管理区域内の原発作業員の被曝許容限度は年間平均20ミリシーヴェルト(5年間で累計100ミリシーヴェルト。最大限年間50ミリシーヴェルト)を超えてはならない、と法的に定められている。

この管理区域内では作業員が飲食をしたり、睡眠をとるのが禁止されている(放射線量が3カ月で1.3ミリシーヴェルトに達する管理区域への一般市民の立ち入りは禁止されている)。

チェルノブイリ事故の際の強制移住の基準値は(土壌汚染の度合いとは別に)、空間線量が年間5ミリシーヴェルト以上だった。

6.多くの疫学研究では、年間100ミリシーヴェルト以下の低線量被曝でもガンやその他の疾患が発生する可能性がある、との指摘が出ている。

疾患の発症に閾値となる放射線量基準値はない。

7.残念なことに、政府が定めた限界値も、国内の業界安全規制で定められた限界値、チェルノブイリ事故の際の放射線量の限界値も疫学研究で得た知見との間には一貫性・整合性がない

このため地元の人たちの間に混乱を招き、政府の発表や方針に疑念・不信感が強まっている。

8.放射線量計測のため現在設置されているモニタリングポストが、周辺の放射線量を反映していない事実がある。訪れた地域で人々は、独自に周辺の放射線量を計測しており、その差を示す多くのデータを見せてもらった(政府は最近、モニタリングポストの正確さを改善した、と言っている)。

9.日本政府には、政府機関の測定だけでなく、人々が測定したものも含め全ての有効なデータを取り入れ公表することを要請する

10.また人々が健康を享受する権利を考慮し、包括的なスクリーニングを通して放射線の健康への影響を継続して計測し、適切な処置を講じるべき

11.日本政府は既に健康管理調査を実施しているが、この健康管理調査は福島県民および事故発生時に福島県にいた人に限られている。

12.日本政府には福島県に限らず汚染地域全体で健康調査を実施することを要請する。

現在進められている福島県民の健康管理調査でも回答率は僅か23%余りで大変低い数値だ。

しかも調査範囲が狭く限定的で、子どもの甲状腺検査、全体的な健康診断、生活習慣に関する調査、妊産婦の関する調査などに限られている。

13.チェルノブイリ事故の教訓を充分に活用していない。例えば年間100ミリシーヴェルト以下の低線量地域で、ガンその他の疾患の可能性を指摘する疫学研究を無視している⇒健康を享受する権利の枠組みに従って日本政府に以下のことを奨める。

14.健康管理調査は慎重には慎重を重ね、長時間をかけ内部被曝の調査など包括的な調査とモニタリングを行うこと

自分の子どもが甲状腺検査を受け、基準値を下回る大きさの嚢胞や結節の疑いがあるとの診断を受けた人たちの訴えに懸念を抱いている。

.検査後、二次検査を受けることもできず、また自分の診断書を要求しても断られた。自分の医療記録を保有する権利さえ事実上拒否された

B.これらの記録を入手するには煩雑な情報公開法の手続きが必要だった。

15.政府は原発作業員の放射線影響についても特に注意を払う必要がある。一部の作業員は極めて高濃度の放射線被曝をしている。

大勢の派遣労働者を何重もの下請けを介して雇用しているのを知り、心が痛んだ。

多くの労働者が短期雇用で、契約終了後に長期的な健康管理調査が行われたことはない(原発労働者の使い捨て、人権無視の実態)。

16.日本政府は、この問題に目をそむけず、放射線被曝した作業員全員に健康調査や治療を施すことを要請する。

17.日本政府は避難者に対し、一時避難所や仮設住宅を用意している。しかし避難所は障害者向けのバリアフリーの環境が整っていないし、女性や小さな子供の利用を配慮したものではない

悲しいのは、事故後に避難した家族がバラバラになり、夫と妻、父母と子ども、お年寄りが離れ離れになってしまっている。その結果、互いの不調和、不和を招き離婚に至った例さえあり、さらなる苦しみや精神面での不安に繋がった

日本政府はこうした重要な課題を早急に解決すべきである。

18.食品の放射線汚染は長期的な問題だ。

日本政府が食品の安全基準を1kg500Bqから100 Bqに引き下げたことは称賛に値する。

しかし各県では、政府基準より低い基準値を設定している。住民は政府基準に不安を募らせている

日本政府は早急に食品安全基準を強化すべき

19.日本政府は土壌汚染の対応を進め、長期目標は土壌汚染が年間20ミリシーヴェルト未満の地域の放射線量を年1ミリシーヴェルトまで下げるとしている。また年間20~50ミリシーヴェルトの地域は、来年末(2013年)までに年20ミリシーヴェルト未満に下げる、との具体的な目標を掲げている。

20.ただ残念なのは、年1ミリシーヴェルトまで下げるとの目標について具体的な工程が決まっていないことだ。

21.住民は安全で健康的な環境で暮らす権利がある(健康で文化的な暮らしをする権利は日本国憲法でも謳われている)。

日本政府が、他の地域について放射線量を年1ミリシーヴェルトに下げる明確な日程、指標を定めた除染計画を実施することを要請する。

22.除染作業には専門の作業員を雇用し専門作業員の手で実施されているというので安心したが、一部の除染作業が住民自身の手で、適切な設備や被曝に関する情報もなく行われているのが問題だ。

政府は被災者のことを考えていないのでは?

Ⅲ)声明では被害者・被災者の政策決定への参加が重要なことも指摘している。

23.日本政府は全ての避難者に対し経済的支援は補助金を継続し、また復活させ、避難するのか、それとも自宅に戻るのか、どちらを望むのか、避難者が自分の意思で判断できるようにすべき

そうすれば日本政府の計画に対し避難者の信頼構築にもつながる。

24.多くの人々が「東京電力が原発事故の責任に対して説明責任を果たしていない」と、日本政府が東京電力の株の大多数を所有していることを突きつめれば(東京電力に代わって何の責任もない)、納税者が付けを支払わされる可能性がある。

25.健康を享受する権利の大系に関しては、法的な責任を免れ得ない行為をした関係者に説明責任を定めている

日本政府は、東京電力にも責任があることを明確にし納税者が最終的な責任を負わされることがないようにしなければならない

26.日本訪問中、被害にあわれた住民の方々、特に障害者、若い母親、妊婦、子ども、お年寄りなどから、被害者に影響が及ぶ決定に対して自分たち被害者の発言権がない、という言葉を耳にした。

健康を享受する権利の大系に関しては、地域に影響が及ぶ決定に際し、影響が及ぶすべてのコミュニティが決定過程に参加するよう国に求める。

つまり、今回被害を受けた人々は、意思決定過程は勿論、実行、モニタリング、説明責任プロセスにも参加する必要があるということだ。

被害者の参加を通して決定事項が全体に伝わるだけでなく、被害を受けたコミュニティの人々の政府に対する信頼強化にもつながる。また政府が、効率的に災害からの復興を成し遂げるためにも必要であろう。

27.日本政府に対し、被害に合われた人々、特に社会的弱者が全ての意思決定過程に充分に参加できるようにすべき

健康調査や避難所、除染の在り方などに関する意思決定への参加が推奨される。

28.この点から「子ども被災者支援法」が2012年6月に制定されたのは良い。

この法律は、原発事故で影響を受けた人々の支援およびケアに関する枠組みを定めたもの。しかしこの法律はまだ実行されていない

29.日本政府には、この法律を早急に実施する方策を講じることを要請する。

 

社会低弱者を含め被害を受けたコミュニティと共に、基本方針や関連規則の枠組みを定めることは政府にとっても良い機会になるだろう。声明では繰り返す個所も多いが、これまで日本政府が実施した幾つもの措置が如何に被害者を無視するものだったか振り返ると判る。

昨年12月の野田総理の突然の事故収束宣言は、被災者への支援打ち切りや支援額引き下げなどに利用するためだったことが後日判明した。国民の所得税率を引き上げて組んだ復興予算も被災地復興や被災者支援とは直接関係ない所に使われたりするなど、枚挙にいとまがない。要するに被害者の人権を真摯に教慮していない政府・野田政権の本質が見えてくる。

人権の視点は、我々日本人にはまだ馴染みがない方が多いのが現状だ。しかし人権意識の徹底こそ健全な民主主義社会の根幹を支えるのである。日本国憲法に謳われていても、その人権が何たるものなのかを考えないと、絵に描いた餅になるだけだ。

今回の国連人権理事会の特別報告者の声明は人権を具体的に実行する上で無視できない事例になるといえよう。

【NLオリジナル】