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精度が低い原発事故直後の小児甲状腺サーベイ(おしどりマコ)

2012年8月21日、福島県保険医協会の学術講演会が福島市ビューホテルで行われた。
「福島原発事故と甲状腺検診の現況」がタイトルで、講師は福島県立医科大の鈴木眞一教授。

筆者は、福島県県民健康管理調査の傍聴と取材に昨年からたびたび行っており、
会見で甲状腺エコー検査について質問をすると、回答をされるのは必ず、鈴木眞一氏である。
東京や北海道など、各地でも原発事故後の甲状腺検診の講演を活発に行っているのは鈴木眞一氏で、
各地の医師から、その資料、音源を預かっている。

鈴木氏の講演は
「福島原発事故で放出された放射性物質は、チェルノブイリの7分の1。モノによっては10分の1」
「20歳以上はヨウ素被曝をしても甲状腺がんのリスクは無い」
など、疑問が残る部分も多かった。

しかし、決定的に認識を間違えている部分があったので指摘する。

それはヨウ素の内部被曝による健康被害が無い根拠として、鈴木氏があげていた、
原発事故直後の小児甲状腺サーベイの結果についてだ。

「原子力安全委員会で去年発表した、簡易の検査です。
えーとSPEEDIの試算で先ほど言ったように100mSVを超える等価線量の所は、
一応注意した方がいいという事でありますので、
1歳児の等価線量、1歳児が1日あたり24時間屋外いた時、
厳しい条件下でやったデータですけど、
それで可能性は最大可能性のある所、という人たちを1080人抽出してやった検査ですけれど、
このスクリーニングレベル0.2μSV/hを超える人というのは、
半分の50mSVぐらいの人が1人、他の人は0.04μSV/h以下、
極めて少ないのであります。まあ、そういう事で問題ないのです

2011年3月26日から30日で、いわき市、川俣町、飯舘村で行われた小児甲状腺サーベイを根拠に、
鈴木氏は
「事故直後のヨウ素による内部被曝は問題無い。
よって、甲状腺がんも事故由来のものは発生しない」
と言うのだ。

「ではなぜ検診をするか、というと、心の問題。心配をとりのぞくため」
「長期にわたる福島県民の甲状腺がん増加がないことを確認していく」



本当にそうなればいいのだが、少なくとも、鈴木氏が根拠とする、
事故直後の小児甲状腺サーベイの結果は
バックグラウンドの線量が高すぎて、測定値として精度が低い
として関係各機関がすでに文書を何度も出している。

(バックグラウンドの線量が高いというのは、測定をしたときの空間線量が高いという意味である。
このときの測定の考え方は

実測値-バックグラウンドの線量=甲状腺の等価線量

という考え方をしていた。なので、もともとのバックグラウンドの線量が高すぎて、
詳細な人体の数値を計測できていない、ということである。

去年の取材当時、
「セミがわんわん鳴いている中で、微かな小鳥のさえずりを聞き分けるような測定」
と表現している方もいた。)

それを鈴木氏がご存じないとしたら、県民健康管理調査検討委員会の甲状腺検診の責任者として、
情報不足であるし、もし、ご存知であって、確信犯の講演だとしたら罪深い。

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去年8月での住民説明会でも「バックグラウンドの線量が高く測定値は絶対値ではないと説明」

すでに、2011年8月に行われた、小児甲状腺サーベイの結果の住民説明会でも、その説明はあった。
「バックグラウンドが高かったので、目安としての測定であり、絶対値としては使えない」
という説明であった。

(筆者がこの説明会に取材に行ったときの模様はWEBマガジン、マガジン9に書いてある。
第19回「脱ってみる?」
http://www.magazine9.jp/oshidori/110831/index3.php

そして、2011年9月9日に原子力安全員会は
「小児甲状腺被ばく調査結果に対する評価について」という文書を出しており、
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/ad/pdf/hyouka.pdf

「今回の調査は、スクリーニングレベルを超えるものがいるかどうか
を調べることが目的で実施された簡易モニタリングであり、
測定値から被ばく線量に換算したり、
健康影響やリスク等を評価したりすることは適切でない
と考える」

と安全委員会の所見として掲載されている。

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ヨウ素などの短半減期核種の内部被ばくは測定されていないため、現在再構築中

2012年7月10,11日に
「福島第一原発事故後の短半減期核種の内部被ばくの評価を再構築に関する国際シンポジウム」
が放医研で行われた。
http://www.nirs.go.jp/information/event/report/2012/0710.shtml

(ヨウ素など短い半減期の放射性物質は、数か月後のホールボディカウンタで測定できない。
どれだけ被ばくしても、何度も半減期をすぎてしまうと、全く測定できなくなる。
ちなみにヨウ素の半減期は8日なので、80日、
つまり半減期を10回すぎると、2の10乗、1024分の1になるのである。

 なので、事故の数か月後に行った住民のホールボディカウンタでは、
ヨウ素を含む短半減期核種の測定はできず、現在では切り捨てられている。
やはりそれは問題なので、データを集めて再構築を、
というプロジェクトが資源エネルギー庁で告示され、
放医研が事業者となり、進められているのである。)

10日のシンポジウムに筆者は出席したがそこでも

バックグラウンドの線量が高く、精度の低い測定だった。線量値を出すのではなく、
安定ヨウ素剤を飲むレベル以上に被ばくした子供がいるかどうか調べる
スクリーニング(ふるいわけ)が目的だった」

と発表されていた。

ちなみにこの発表は朝日新聞が一面に記事を書いていたが、
鈴木氏はご覧にならなかったのだろうか。

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3月末の小児甲状腺サーベイだけではなく詳細な追加調査をすべき

もう一つ、興味深い文書がある。
2012年2月21日に、原子力安全委員会が
「4月3日付け被災者支援チーム医療班からの原子力安全委員会への紹介に対する回答」
という文書を出している。
http://www.nsr.go.jp/archive/nsc/info/20120221.pdf



これは、事故直後の3月末の小児甲状腺サーベイについて、
「安全委員会としてはこの検査で満足せず、詳細な追加検査をするべき」と助言しているのだが、
対策本部に以下の3つの理由で却下されるのだ。

甲状腺モニターは相当の重量物(230kgから後に1tに訂正される※)であり、
その移動が困難であること。
②甲状腺モニターを移動できるとしても、それによる精度の高い測定を行う適地
(放射線のバックグラウンドが低い)を現地において見つけることが難しく、
当該児童に遠距離の移動を強いることとなる可能性が高いこと。
③このような追跡調査を行うことが、
本人家族および地域社会に多大な不安を与える恐れがあること。

※2011年4月1日3時40分の官房長官レク資料では
甲状腺モニターの重量は230kgとなっているのだが、
2011年4月1日9時6分の官房長官レク資料では、
手書きで1tと修正されている。

この件について、毎日新聞の記事に関係機関のコメントがのっている。

対策本部被災者生活支援チーム医療班長
「当時の詳しいやりとりは分からないが、最終的に関係者の合意でやらないことになった。
今から考えればやったほうがよかった」

原子力安全委員会
「対策本部の対応には納得いかなかったが、領分を侵すと思い、これ以上主張しなかった」

この記事も鈴木氏はご覧にならなかったのだろうか。

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このように、福島第一原発事故直後の3月末におこなわれた、小児甲状腺サーベイは、
放医研、安全委員会、被災者生活支援チームの関係各所の認識として

「バックグラウンドの線量が高く、精度の低い測定。
この結果をもって、健康への影響の評価はできない。」

というものである。

にも関わらず、
福島県の県民健康管理調査検討委員会の小児甲状腺エコー検診の責任者として、
この3月末の測定の結果をもって

「極めて低い数値なので健康影響は出ない」

という内容を各地の医師に向けて講演するのはいかがなものであろうか。
低いのは数値ではなく、精度である。

この3月末の小児甲状腺サーベイについて、筆者は特に取材したので、次回にそれをまとめたい。

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(2012年11月17日追記)

現在の認識も「測定できなかった」

2012年11月15日に行われた
原子力規制委員会、第一回「緊急被ばく医療に関する検討チーム」で
専門家の第一声として

バックグラウンドの線量が高い中でどれだけ測定できるのか、
そういうことを今まで考えてこなかった。

と放医研の明石真言理事が発言していた。
事故直後の空間線量が広範囲で高い中での人体の測定について、
どういう対応を取るべきか、これから全3回で専門家から意見が出されていく。