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東京五輪は「初音ミク」と「團十郎」!?(玉木 正之)

スポーツの秋。とはいえ、近代スポーツ発祥の地イギリスでは、オリンピックで行われるような競技スポーツ全般を「Summer Game(夏のゲーム)」と呼ぶ。それはイギリスの気候に合った呼び名だ。

だからオリンピックは8月に行われる……というのは1970年代頃までの理屈。今日ではテレビ放送の都合(最も多くの放送権料を支払っているアメリカの放送局の都合)で、オリンピックは8月に行われる。

秋はテニスの全米オープン、MLB(メジャーリーグ)のワールドシリーズ、NBA(バスケットボール)、NFL(アメリカンフットボール)の開幕など、ビッグ・スポーツ・イベントが目白押しで、そこへ4年に1度とはいえ、オリンピックを割り込ませることなど、アメリカのテレビ局の経営陣にとっては、絶対にあってはならないことなのだ。

だから2020年の五輪招致で「秋開催」を主張した中東の熱砂の国カタールの首都ドーハは、一次選考で落とされてしまった。

とはいえ、日本では「スポーツの秋」。1964年の東京オリンピックも秋の10月10日に開幕した。まだ衛星中継が実験段階だった当時、五輪に対するテレビ局の影響力も強くなく、日本は「熱帯地方」にあるとの理解(誤解?)で、国際オリンピック委員会は秋開催を許可した。

日本のあらゆる地域で行われる「運動会」も秋開催が常識。

そこで、近所の保育園の運動会を見に行った。

まだ歩くことも覚束ない2才児が「買い物競走」で果物や野菜を手にして懸命に走る。年長組のリレーでは、父兄の大きな声援を背に受けて、狭い運動場で抜きつ抜かれつ大熱戦が繰り広げられる。

ただ競走するだけでなく父兄も参加しての「スプーンレース」「大玉転がし」「芋虫競走」など、運動会は、本当に楽しいスポーツ・イベントだ。

それは明治中頃、文部省(現文科省)の指示(森有礼初代文部大臣が、横浜の外国人租界でスポーツ競技大会を見て文部省令を発したのがきっかけ)で始まった。

が、学校の運動場も整ってない時代。神社や寺の境内を使った結果、地域住民である氏子や檀家も楽しく参加できる競技を……と考えた結果、「パン食い競走」などが全国で同時多発的に次々と生まれた。

「スプーンレース」「大玉転がし」「芋虫競走」なども、「パン食い競走」(住民参加)のヴァリエーションで、今は廃れたが、「豚追い競走」という種目も、運動会誕生当時は盛んだったらしい。

また、神社や寺に出かけることから、少々豪華な昼食の弁当を持参することも常識となり、遠足や祭りの要素も加わり、盆踊りや豊年満作踊りも運動会で行われる地域も出現し、それが戦後はフォークダンスに変化したとも言われる。

さらに当時、集会を禁じられた自由民権運動の壮士たちが運動会なら開催できることに目をつけて、「壮士運動会」を開催。

「自由の旗奪い合い」「政権争奪騎馬戦」「圧政棒倒し」などの新種目を創作し、競技の合間に「薩長藩閥内閣打倒」「民選議員設立」を訴えるデモを行った。これが現在の運動会での仮装行列へと変化、発展したという。

運動会の歴史は学校でもほとんど教わらないため(中学生の国語の教科書の一部には、小生が拙著『スポーツとは何か』で書いた「運動会」の項目が、テキストとして採用されているが)、こういう事情は知らない人が多い。

オリンピックの歴史も同じで、それがマスメディアが繰り返し報じた「スポーツの祭典」だけでなく、「芸術の祭典」でもあることはほとんど知らててない。

オリンピックは、かつて「芸術競技」を正式競技として採用し(詩作、作曲、絵画、彫刻……などで、金銀銅のメダルを争い)、芸術は争うものではないとして芸術競技が廃止されたあとも(1952年のヘルシンキ大会以降も)五輪開催都市は、スポーツ競技のほか、「芸術祭」の開催が義務づけられるようになった。

今年のロンドン五輪の見事な開閉会式も芸術祭の一部と言えるが、他にも世界37の言語によるシェイクスピアの上演や、オペラ、コンサート、展覧会など、多彩なアート・イベントが開催された。

では、2020年五輪招致を目指す東京は、どんな芸術祭を予定しているのだろうか?

国家財政の危機が叫ばれるスペイン(マドリッド)での開催や、シリア内戦長期化で隣国トルコ(イスタンブール)での開催が危ういとされ、消去法で東京開催の確率が高まったと言われる昨今、東京五輪招致推進関係者は、そろそろ「スポーツの祭典」だけではない「芸術の祭典」も考えておかねばならないのでは……?

私は開会式で、野田秀樹演出による「初音ミクと團十郎(歌舞伎役者)のコラボレーション」などを見てみたいと思っているが、東京都やJOCの人たちは……まさか「五輪芸術祭」を知らないわけではないですよね。

【毎日新聞11月10日付スポーツ面『時評点描』+NLオリジナル】