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在宅介護に必要なのはマニュアルではなくコミュニケーション(町 亞聖)

BSTBSの「在宅介護」の取材で山口県岩国市に行ってきました。

今回、取材している沖井先生は、山口にあるご自分のクリニックと広島の二カ所で訪問看護を行っています。診療している患者さんは、末期のがん、脳卒中、ALS、パーキンソン病、認知症の人など様々な病気の人がいます。

痛みの直接的な原因となっている箇所を治療するだけでなく、その人が在宅で生活しやすいように症状を緩和することに沖井先生は重点を置いています。

100%の状態に戻すのは無理でも、痛みを和らげることでゆっくり眠れたり、近所を散歩できたり、家事ができたりするようになる。それだけでも随分生活の質は改善できると言います。

きのう先生が訪問したのは、私の母と全く同じ脳卒中の後遺症で右半身麻痺と言語障害がある50代の男性患者さんです。

麻痺している右半身が正座をした時のように痺れた状態で触っただけで痛みを感じるそうです。また筋肉が拘縮することによる痛みも肩や足にあり、それを和らげる治療をしていました。

車椅子の生活をしているので、月に1回でも2回でも先生が往診してくれてとても助かっていると奥様は話していました。

在宅介護での先生達の役割のひとつは「患者さん本人と家族の間の思いのギャップを埋めること」と先生は言っていました。

例えば脳卒中の後遺症がある人は、見た目では分からない身体の痛みなどを抱えていたり、日常の生活の中でどうしても上手くいかないことが沢山あります。一方、家族は元には戻らなくても、少しでも頑張って欲しいと思います。

先生や看護師さんが間に入り、それぞれの思いに耳を傾け、風通しを少しでも良くできればと先生は考えています。

広島のクリニックは「365日24時間」の体制で訪問看護を行っていますが「呼び出しが大変では?」と伺ったら、「24時間いつでも相談できる」場所が地域にあるということが患者さんや家族の「安心」に繋がり、呼び出しは年に1回か2回だそうです。

私も末期がんの母を在宅で看取ることができたのは、地域に訪問看護をしてくれる病院があったからでした。いつ何が起きてもおかしくない状態の母を在宅で看ることに、やはり大きな不安があり、また覚悟も必要でした。

先日「尊厳死」について書きましたが、最期まで母らしく過ごすために必要だったのは「手続き」や「マニュアル」ではありませんでした。母を心から想ってくれ、状態に合わせて看護してくれた先生や看護師さん達との「コミュニケーション」でした。

言葉が不自由な上に自分で歩くことも出来ない母が、自宅で快適に過ごすためにはどんな処置や配慮が必要か。排便ができない苦しみを和らげるために人工肛門の選択肢を提案してくれたり、主治医の先生とは何度も話し合いを重ねました。

また訪問看護師さん達も「町さん、町さん」といつも話しかけてくれましたし、母の死を聞き駆けつけてくれた時に玄関先で号泣してくれた看護師さんを今でも忘れません。

家での看取りは、家族の力だけでは絶対に実現できなかったと思います。支えてくれた先生と看護師さんに本当に感謝しています。

在宅介護で大切なのは、治癒を目指す高度な医療ではなく、日頃から患者の状態を把握し、いつでも見守ってくれている先生や看護師さんがいるという「安心感」だと思いました。

障害があっても、治癒が見込めない病気であっても、当たり前の生活が地域の中でおくれ、そして生きていて幸せだと思える社会にしたいという願いは18歳の時から20年以上変わりません。

これから「在宅介護」のニーズは益々高まってきます。サポートを必要としている人達や支えてくれている先生達の声を少しでも皆さんにお伝えできたらと思います。

【ブログ「As I am」(2012年3月3日)より】