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死刑制度は是か否か? 日本人の人権意識が今問われている(大貫 康雄)

死刑制度を持つ日本は国際的に少数派

ジュネーヴに本部がある国連人権理事会で、10月31日、日本の人権状況について4年に1度の審査が行われ、今年も、いわゆる代用監獄従軍慰安婦の問題と共に日本の死刑制度が人権侵害の観点から議論された。

国連人権理事会は、国連加盟国の人権状況を4年に1度ずつ定期的に見直し、改善を促し、深刻、かつ組織的な人権侵害に対処する機関。

日本の大手メディアはなかなか報じていないが、日本社会は国連人権理事会で指摘された状況を未だに改善・解決できないでいる。

特に死刑制度廃止は、今や国際世論の大勢を占めるに至っており、EU・ヨーロッパ連合はEUへの加盟条件の一つに死刑廃止を挙げている。依然として死刑制度を維持かつ執行している日本は、今や国際的には少数派に陥っている。

 

1)国連人権理事会は2006年国連総会決議によって、それまでの人権委員会から機能を強化し、国連総会直属の常設の機関になった。

2006年6月にジュネーヴで初会合が開かれて以来、年3回、計10週間以上の定例会合のほか、47理事国の3分の1の要請で緊急会合を開いている。昨年はシリアでの市民への弾圧で緊急会合が開かれている。

前身の人権委員会はダルフール紛争で劣悪な人権状況を作り出したと指摘されるスーダンが議長国になるなど問題が多かった。

人権理事会では理事国は人権状況が「最高水準?」にあることが条件で、理事国で深刻でかつ組織的な人権侵害がある場合は、総会の3分の2以上の賛成で理事国の資格が停止される、など権限が強化されている。

国連人権理事会は、全加盟国の人権状況を人権擁護の普遍的な基準に基づき4年に一度、定期的に審査会(UPR)を開いている。日本の人権状況は2008年に続いて今年10月31日、2回目の審査が行われた。

今年のUPRについては、通信社の共同、時事とNHKが短いながらも内容を的確に報じたのを確認した。UPRでは、前回同様、韓国などから日本政府の従軍慰安婦問題への取り組みが取り上げられた。

ヨーロッパ諸国からは、第二次大戦中の人権侵害の一つである従軍慰安婦(英文では性の奴隷)の問題をきちんと教えていない教科書が出版されていることや、警察署などに設置されている代用監獄の正当性などの問題が指摘された。

また日本政府が設立を意図している新しい人権擁護機関が、法務省主導で進められている現状を指摘し、機関の独立性、本当に人権擁護推進の機能があるのかについても疑問の声も挙げられた。

国連総会は死刑執行停止を求める決議を採択している

 

2)日本が依然として死刑制度を存続させ、かつ死刑を執行している点については多くの国から問題視された。

EUをはじめ各国政府に情報を提供し、死刑廃止活動を進めてきた「NPO監獄人権センター」事務局長の田鎖麻衣子弁護士は、

 

●死刑廃止を求める国際世論の高まりに、滝法務大臣の発言などに若干の変化を感じる

●しかし一方で、法務官僚の紋切り型の発言は相変わらず

●また9月27日にも2人の死刑囚を処刑するなど楽観は禁物で、政府を監視していく必要がある、と指摘する

 

事実、今回のUPRでも日本政府代表は、〝厳罰化を求める国内世論が厳しくなっている〟ことを述べ、死刑廃止を求める各国の声に反論している。今年の国連人権理事会の経過をみる限り、日本は世界の主流から外れつつあるように見える。

現在、死刑制度を維持している国はおよそ50カ国程度だ。代表的な国を挙げてみる。

日本、中国、韓国、北朝鮮、モンゴル、台湾、ヴェトナム、タイ、インドネシア、マレーシア、シンガポール、バングラデシュ、インド、パキスタン、アフガニスタン、サウジアラビア、ヨルダン、イラン、イラク、シリア、ウズベキスタン、イエメン、リビア、スーダン、ソマリア、トンガ、ボツワナ、ベラルーシ、キューバ、アメリカ等

(この中でもシンガポールは人口当たり死刑執行の数が群を抜いて多い厳罰国家である。中東のある部族地域のように国家の制度とは別に私刑が行われている処もいまだにある。ベラルーシはヨーロッパで唯一死刑制度を持つ国となった)

(アムネスティ・インタナショナルは、韓国ではここ14年間死刑は執行されていない、という。インドとインドネシアでは実際の死刑執行は避ける傾向にある、という。アメリカは州ごとに刑法があり、全州で一斉に決断ということにはならない。徐々にではあるが死刑廃止の州が増え現在17州とワシントン特別区が死刑を廃止し、死刑制度が残る州でも執行は減りつつある、という)

死刑問題で国連総会は人権理事会とは別に2007年、2008年、そして2010年と拘束力はないものの、死刑廃止を最終目標として当面の死刑執行停止を求める決議を採択している。

先述のようにEUは、ヨーロッパ人権憲章を制定し加盟国での死刑を禁止し、また死刑廃止を加盟条件の一つにするなど、特に死刑制度廃止を進める人権外交を強化。

 

●世界死刑廃止デーにはEUと加盟国大使が共同メッセージを発表した(日本の主要メディアは取り上げず)

●EUは今年6月、人権基本政策を策定し、EU人権代表を任命して人権尊重を促進する活動を全世界で行っている。東京でも今年、死刑制度の人権侵害を考えるシンポジウムなどを開催している(これもほとんど報道されず)

 

その度に指摘されるのは、日本の死刑制度が特に問題である点として秘匿性、(死刑が国民に知らされないで執行されていること)、長期収監の上、囚人に予告なしに突然執行されること、再審制度があるものの実際には難しいこと、などがあげられている。

そして死刑制度の現状をメディアが調べて報じない(死刑執行の時はいわゆる客観報道が大半で問題点の指摘はまれである)こともあって、日本人の多くは世界の大半の国が死刑を廃止していることを知らないようだ。

 

かつて日本では死刑が廃止された時期があった

3)そのEUとイタリアの人権擁護の宗教者団体が共催で、国連人権理事会での日本の人権状況審査の直前に東京で「世界的な死刑執行停止のためのシンポジウム」を開いた。この場では死刑に対する世界各国の動きが紹介された。

それによると死刑制度維持の国が50カ国程度なのに対し、死刑廃止の国は83年に63カ国だったのが、現在は140カ国に上っている。最近の10年間だけで死刑廃止の国は30カ国も増えたという。

カンボジアはポルポト体制下の大量処刑、虐殺の歴史を繰り返すまいと死刑を廃止している。

ヨーロッパでもっとも早く死刑を廃止したのは1786年、当時のトスカーナ大公国。後オーストリア皇帝となるレオポルト1世が死刑を廃止。イタリア全体では終戦間もない1948年、一般犯罪に対する死刑を廃止。

フランス1939年まで公開処刑が行われたほどで、死刑廃止も西ヨーロッパでは最も遅く1981年。当時国民の60%以上は死刑廃止に反対していたといわれたが、時のミッテラン大統領の決断を受け国民議会で可決し、一般犯罪に対する死刑制度を廃止。今ではミッテラン大統領の決断を国民の大多数が支持している。

日本では限られた時間と範囲ではあったが、死刑が廃止された記録ある。平安時代の818年、嵯峨天皇盗犯に対する死刑を停止する宣旨を公布すると、それ以降、死刑の対象犯罪の範囲が一気に縮小した。太政官などが死刑を決めても執行権を持つ天皇の名で流罪などの減刑にされ、実際に死刑執行されることが全面的になくなった。

この実質死刑廃止は天皇の権威が及ぶ範囲に限られてはいたが、武家・豪族が台頭してくるまでの300年続いたと見られる。いわゆる習慣法として確立された珍しい例だ。不殺生を説く仏教を重んじた平安時代であればこそ起きた現象といえる。

近年、死刑廃止や実質的に執行停止にする国が増えた背景として幾つもの指摘が出た。

 

●各国で、死刑が人権侵害、人間の命を否定する制度であるとの理解が進む

●罪を裁くとの理由で国家・法制度自体が殺人を犯す矛盾した制度であることが理解されている(殺人は大変罪深いことだが、その殺人者を死刑にするのは殺人者と同じ次元に陥ること)

裁判が常に完全に正しいことはあり得ず、無実の人を処刑する恐れが理解された

命を無視する処に正義はない、などの概念が発展してきたこと、など

 

シンポジウムではアメリカで家族を殺されながら死刑廃止を求める活動をしている女性が出席して、殺人被害者の遺族の多くが死刑廃止運動を進めている現状を紹介し、死刑廃止はより良い正義の実現であると訴えた。

また無実の罪で死刑を宣告され20年以上収監されていたオクラホマ州の男性が、隣人が次々と嘘の証言をして罪に陥られた経験を披露しながら完全な裁判はあり得ないことを指摘し、死刑廃止の重要性を訴えた。

日本人出席者の中には、袴田事件の第一審を担当し、3人の判事の中でただ一人、死刑廃止を主張した熊本典道元判事が車いすで登場した。熊本元判事は、幾つもの証拠があり袴田さんは無罪だと主張したが2人の判事は有罪を主張。合議制故、袴田さん有罪の判決文を書かざるを得なかった無念の心境を披露した。

また1年6カ月の密室裁判で死刑判決を出されたまま、34年後ようやく釈放された元死刑囚の免田栄さんは、最高裁への上告を棄却され死刑判決確定後、釈放されただけだ。判決は訂正されず、今も「死刑確定」の身で、名誉が回復されない無念の心境を吐露した。

シンポジウムでは死刑囚とされた人たちの悲惨な現状も明らかにされた。

 

最後まで無実を叫びながら処刑された死刑囚

死刑に値しないと弁護士が証拠を挙げても裁判官が聞き入れず、検察の主張に沿って死刑を宣告した例

●犯行当時の記憶が定かでなく、精神障害が明かであるのに(逆にそれゆえ共犯者たちから主犯とされ)死刑判決を受けた後、恐怖で体重が30kgに減った末に処刑された女性死刑囚などの実例が挙げられた。

そのうえで日本の裁判の問題点が幾つも指摘された。

検察側に圧倒的に有利であり、ヨーロッパで当たり前の被告の人権が殆ど考慮されない制度である

●裁判官はほとんど機能しない形だけの制度である

●物理的な処刑の前に何時処刑されるとも判らない精神的な拷問の制度でもある

和解や恩赦などの概念を受け入れられない日本社会の現状を肯定する制度であること、等

 

官僚主導の今の日本の体制に平安時代の嵯峨天皇のような叡智はないようだ。

出席者たちは懸念する。死刑廃止を求める世界各国の声を他所に日本では現在、我々の知らない処で、131人の死刑囚が処刑されるのを待っている、と。

【NLオリジナル】