変わり始めた北朝鮮 拉致問題の進展に期待（辺 真一）
日朝協議が始まる。２００８年８月以来、４年ぶりの政府間協議であるが、今回は本協議ではなく、本協議に向けての予備交渉である。
予備交渉は午後３時から日本大使館で行われるが、日程は今日１日に限定されている。しかし、双方とも代表が権限のない課長級ということもあって、本国の判断、指示を仰ぐため１日あるいは、２日延長される可能性もある。
日本側の最大の関心は北朝鮮が拉致問題の討議に応じるかどうかにある。北朝鮮が直前になって、日本側の拉致問題提起に不快感を示したことや、代表を局長級から課長級に降格させることを求めたことから一部に悲観論も流れている。だが、これは、北朝鮮が拉致問題を高く売るための高等戦術と言えなくもない。
北朝鮮が４年ぶりに日朝協議に応じたということは、北朝鮮も当然、拉致問題を視野に入れていることは間違いない。その理由は、一にも、二にも、北朝鮮の国内事情、経済事情、食糧事情に尽きる。
北朝鮮が今回、４年ぶりに日本との協議に応じたのは、一つに、干ばつと水害被害への日本赤十字社による人道支援を期待してのものだ。
北朝鮮は８月上旬に開かれた赤十字交渉では、日本人戦没者の遺骨返還と墓参への見返りについて言及していないものの本音では喉から手が出るほど日本からの水害支援を待望している。６０年ぶりの干ばつに加え、相次ぐ集中豪雨による水害、そして今度は最大規模の台風に直撃され、そのダメージは想像を絶するものがある。
日本政府は、食糧支援など人道支援は「拉致問題の進展なしには行わない」と、小泉政権以降の「方針」としているが、それでも安部政権下の２００７年にモンゴルでの日朝作業部会の際、北朝鮮の水害支援を呼びかけた国際機構に日本赤十字社を通じて３千万円の「寄付」を行っている。
また、昨年の「３．１１」（東日本大震災）では北朝鮮から日本赤十字社に義援金１０万ドルを送ってきたこともあって、日本政府としても日本人戦没者の遺骨収集及び返還への「代償」も兼ねて、国際赤十字社を通じての水害支援はあり得なくもない。
仮に、今回の日朝協議で日本の水害支援が担保されれば、北朝鮮は間違いなく拉致問題に取り組む姿勢を示すだろう。その理由は、日本が拉致問題で独自に科している制裁の緩和と２００４年に中断した人道支援の未納分（１２万５千トンのコメと３００万ドル相当の医薬品）を取り付けることにある。
北朝鮮は金正恩新体制になって、経済に大きく舵を切っている。外交も経済重視の実利外交に徹している。そのことは、Ｎｏ．２の金永南最高人民会議常任委員長がラオス、ベトナム訪問（８月５－１０日）で両国に食糧支援と経済協力を要請したこと、金正恩第一書記の後見人である張成沢党行政部長（国防副委員長）が訪中（８月１３－１７日）し、羅先経済貿易地帯と黄金坪・威化島経済地帯の共同開発への協力を求めたことからも自明である。
金正恩体制としては、今回の協議を進展させ、４年前の自民党福田政権下で交わした日朝合意を復活させる考えのようだ。これも過去の歩みを見れば、容易に想像付く。
日朝は４年前の交渉では、６月１１日に北京で斎木隆昭外務省アジア太平洋州局長と宋日昊国交正常化交渉担当大使が協議をして、北朝鮮側が安否不明者の再調査と「よど号問題」の解決に協力することを表明し、これに対して日本側は人的往来の規制解除、チャーター便の規制解除、人道的例外として民間による人道的支援物資輸送を目的とする北朝鮮国籍船舶の入港許可など一部制裁解除を約束した。そして２か月後の８月１２日に瀋陽で再度協議を行い、上記の合意を正式に交わしている。
日本はテポドン発射や核実験で科せられた国連の制裁は解除できないが、拉致問題で独自に科している上記の制裁については、北朝鮮が「合意」を履行すれば、制裁緩和は可能だ。そうなれば、チャーター便や万景峰号による朝鮮総連系在日朝鮮人や日本人の友好団体による大量の援助物資が期待できる。拉致問題で誠意を示せば、朝鮮学校無償化問題や朝鮮総連の本部の立ち退き問題への日本の「善処」もあてにできる。
但し、北朝鮮にとっての唯一の不安は、野田総理に問責決議案が出されるほど日本の政局が不透明なことである。退陣するかもしれない野田政権を相手に、唯一の対日カードである拉致問題を切るべきか、それとも次の政権を相手に交渉するのが得策か、判断に迷っているようでもある。というのも、過去に２度苦い経験をしているからだ。
安倍政権下の２００７年にモンゴルでの日朝作業部会（９月４－６日）後、宋日昊大使は「いままでで、最も雰囲気が良かった」と、今後の協議への期待を表明したところ、一週間もしない９月１２日に安部総理が退陣を表明している。
北朝鮮が「遅くとも秋まで安否不明者の調査を終え、日本に通告する」と約束した福田政権下の「８月１２日合意」も、北朝鮮が調査に入る寸前の９月１日に福田総理が突如退陣を表明している。
北朝鮮が「二度あることは三度ある」との懸念を抱いていれば、今回は戦没者の遺骨問題だけに留め、拉致問題は次の政権まで持越しとなるが、それもこれも、今回の予備交渉でわかるだろう。
【ブログ「ぴょんの秘話」より】
