ノーボーダー・ニューズ/記事サムネイル

民主党「脱原発依存」の詐術にダマされるな!(山口 一臣)

民主主義社会における政党とは、自らが信ずる政策を堂々と掲げ、その政策をどれだけ説得力のある言葉で国民・有権者に訴え、多数の支持を得られるかどうかを競う存在である。支持を得られなければ潔く退き、「次」を目指して政策を研く。選挙のために政策を曲げることは、本末転倒でやってはいけない。

たとえ一時的に国民に苦痛を強いる政策でも、それが将来の日本にとってどれほど大事なのかを、きちんと理論だてて説明すれば支持は得られる。日本の有権者は、少なくともその程度には成熟している。

しかし、野田佳彦首相ら民主党の首脳はそうは思っていないらしい。

民主党が次期衆院選マニフェスト(政権公約)の主要政策として「脱原発依存」を明記する方向で調整に入ったというニュースを見た。何かの間違いかと思ったが、脱原発を掲げた飯田哲也候補が善戦した山口県知事選の結果を見て判断したという。いかにもこの党らしい話である。

どういう理屈をこねるつもりかわからないが、民主党のマニフェストは香具師の口上のようなもので、信じてはいけない。詐術といっても言い過ぎでない。それがなにより証拠には、同党の「エネルギー・環境調査会」の人事である。民主党は2030年の原発比率を定めるエネルギー政策についてこの調査会で検討し、野田政権がまとめる新しいエネルギー政策に反映させるという。その大事な調査会の事務総長に仙谷由人政調会長代行を充てるという。

これでは始めから結論が決まっているようなものだ。

仙谷氏は、「原発全停止は集団自殺するようなもの」との発言で知られる筋金入りの原発推進論者である。産經新聞(6.14)のインタビューでも「ストレステストが済めば、大飯以外の原発も粛々と動かすべきだ」「原発をやっていくのは政治家の任務だ」とまで語っている。他の政治家のように原発推進の立場を隠さない潔さは評価するが、彼を政策決定のキーマンに据えたということは、どう考えても民主党・野田政権のホンネは「原発推進」もしくは「維持」ということになる。

このような政党に票を与えてはいけない。

本心では原発維持政策を信じながら、選挙対策として「脱原発依存」を公約しようというのである。有権者をバカにするにもほどがある。

野田政権は一方で原発比率について「0%」「15%」「20〜25%」という3つの選択肢を示し、全国11カ所で意見聴取会を開いた。70%近い人が「0%」を支持した。その後、無作為抽出の人を集めた討論型世論調査が行われ、東京新聞の報道によれば「0%支持」が圧倒的だったという。さらに12日に締め切られたパブリックコメントには約8万件の意見が寄せられた。中身はいずれ公表される予定というが、「0%支持」が多数派になっているとの報道もある。

時間とコスト(税金)をかけて集めてしまったこの意見をどう政策に反映させるか、政府は明言を避けている。「15%」案に誘導したかったところが、シナリオが狂ってしまったという指摘もある。いったいどうするつもりなのか。これまでのやり口はすべて「はじめに結論ありき」だった。一応、意見は聞いてガス抜きはするが、政策決定に反映されることはない。賛否で揉めると議論を打ち切り、執行部一任、決定となる。野田首相の「決める政治」は、財界と官界の指示に従う。原発再稼働もTPPもオスプレイも消費税も、みんな同じパターンだ。

果たして今回はどうなるのか。国民はしっかり監視する必要があるだろう。
それにしても、のんびりした話ではないか。物理学者で原発推進論者だったドイツのメルケル首相はフクシマの惨状を見て、人間が原子力を完全にコントロールすることが不可能だと悟り、即座に脱原発の判断をした。国会で自らの認識の誤りを認める歴史的な演説を行い、承認された。いま、ドイツは次世代エネルギーの開発に向かって邁進している。他方、イタリアでは国民主権の原則に則って、大事なことは国民の意見に従おうと国民投票を実施した。結果は原発反対が94.05%で、脱原発が決定した。いずれも、フクシマの事故から2〜3カ月の出来事だ。判断が早い。本当に「決める政治」というのは、こういうことを言うのである。

もうひとつ、原発比率の3つの選択肢について米倉弘昌経団連会長を筆頭に財界人が猛反発しているという。いずれも現状より原発を減らすことになり「経済への悪影響など問題が多い」というのいうのだ。日本の財界はいつからこんな負け犬になってしまったのか。

財界が脱原発に反対する理由の主なものは、原発を止めると火力発電の燃料費が嵩んで電気料金が上がり、国際競争力が低下する。生産拠点の海外への移転が加速して産業が空洞化し、雇用が減る。電力不足が国民生活や企業活動に悪影響を及ぼしかねない、といったところだ。

しかし冷静に考えて欲しい。必要なのは電力であって原発ではない。

安価で安定した電力が十分に供給されればいいのである。そのための技術革新が世界中で始まっている。以前、このコラムで書いたように、世界の潮流は、脱原発⇒天然ガス+自然エネルギーに変わりつつある。シェールガス革命の先駆であるアメリカでは原発はすでにコストに見合わないという認識が定着している。世界の全エネルギー消費に占める原子力の割合は、わずか2.8%に過ぎないのだ。

もちろん新しい技術にはさまざまな課題はある。だが、2030年までまだ18年もあるではないか。私は日本の技術力を信じたい。

原発依存を断ち切れば、次世代エネルギーに向かって新しいテクノロジーやサービスがどんどん生まれる。当然、経済は活性化する。それは供給サイドに限った話ではない。スマートグリッド(次世代配電網)に代表される電力消費の最適化技術、超断熱板や熱回収システムを駆使した省エネ住宅の開発、建物、工場、輸送機器などエネルギー消費全体をひとつのまとまりとみなして適正化するインテグレーティブ・デザインの発想など、数え始めたらきりがない。さまざまな分野でのイノベーションが進んだ結果、エネルギー消費そのものが激減する時代が到来するともいわれている。

世の中にはできない理由を考えるのが得意な人たちがいる。どこの会社にも思い当たる人物がいるはずだ。原発ゼロ社会の実現は簡単ではない。難点を挙げ始めたらきりがない。だが、10年前、20年前、30年前の日本といまの日本を比べて欲しい。そんなことできるはずないだろうと思われていたことが、どれだけ実現したことだろう。経済界のトップが端からイノベーションを諦めてどうするのか、と思うのだ。

【NLオリジナル】